設計思想
カルティエが円形に挑んだ年
カルティエの時計は、長く角型や曲線を持つ造形で知られてきた。タンク、サントス、トーチュ——いずれも四角や樽型の輪郭を持つ。その文脈において、2007年に発表された円形のバロン ブルーは、ひとつの転換であった。装飾を競う当時の市場に対し、簡潔な円形をユニセックスの一本として提示したと伝えられる。発表当初から男女の別を前提とせず、大径モデルを女性が着けることも珍しくなかった。丸いケースの2時方向に、フルーテッドのリューズを抱くガードが張り出す。この一体型の意匠が、コレクションの名を決定づけた。
36mmという中間のサイズ
バロン ブルーは28mmから46mmまで、幅広いサイズで展開されてきた。WGBB0009が選ぶ36mmは、その中間に位置する。小径のクォーツ機ほど女性向けに寄らず、40mmを超える大径機ほど男性向けにも振れない。性別と手首を選ばない、中庸の直径である。そこに18Kローズゴールドをまとわせたのが本機の性格だ。スティール版が日常の道具としての軽さを持つのに対し、ローズゴールドは円形ケースの曲面に温かみのある反射を与え、宝飾の家としてのカルティエの出自を静かに思い出させる。派手な石を置かず、貴金属の地そのもので語るあたりに、このRefの抑制が表れている。
兄弟Refと、その住み分け
WGBB0009は単独で生まれたわけではない。同じ36mm自動巻きには、スティールのWSBB0048があり、同じローズゴールドでもベゼルにダイヤモンドを留めたWJBB0034がある。本機は、その間に立つ「装飾を抑えた貴金属の無垢」という位置を担う。ロレックスのように世代で前任を置き換える系譜ではなく、素材・サイズ・文字盤の順列で広がるのがバロン ブルーの論理である。ムーブメントもこの論理に従い、大径機が自社製Cal.1847 MCを収めるのに対し、36mmは異なる階層の調達ベース機を担う。どのRefを選ぶかは、優劣ではなく、素材と寸法の好みの問題に帰着する。
意匠分析
WGBB0009の輪郭は、両面に張り出した凸曲面でできている。直径は36mm(実寸36.6mm)、厚さは12.05mm。数字だけ見れば穏やかだが、ケースが手首に向かって丸く落ちるため、実際の存在感は寸法以上に柔らかい。
最も目を引くのは、2時方向のリューズガードである。ケースと一体に成形されたこの張り出しが、フルーテッド加工のリューズと、その頂に据えられたブルーサファイアのカボションを抱え込む。文字盤側にもそのふくらみが入り込み、円の輪郭をわずかに歪ませる——この歪みこそがバロン ブルーの署名だ。
文字盤はシルバーのギヨシェを刻んだオパライン仕上げで、光の角度によって細かな紋様が浮かぶ。ローマ数字を内側のミニッツトラックが囲み、ブルースティールの剣型針が時を指す。焼き入れで青く染めた針と銀色の地の対比が、視認性と装飾性を同時に満たす。日付窓は持たず、文字盤は静かに保たれる。
心臓部は自動巻きのCal.076である。ETA 2671を基にした調達ベースのムーブメントとされ、25石、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは約38時間。ローズゴールドのソリッドバックがこれを覆い、ローターは見えない。自社製Cal.1847 MCを収める大径機とは異なる、中間サイズならではの構成である。ストラップはブラウンのアリゲーターで、留め具は18Kローズゴールドのアルディヨン(ピン)バックル。金無垢のケースに革を合わせる構成が、宝飾的な華やぎよりも端正さへ振った本機の狙いを裏づける。
系譜と歴史
バロン ブルー ドゥ カルティエは、2007年にコレクションとして発表された。角型を得意としてきたカルティエが、円形ケースの側面にリューズガードを一体成形した新しい意匠を打ち出した時計である。以後、28mmから46mmに至るサイズと、スティール・各種ゴールド・ダイヤモンド留めの素材違いへと展開を広げてきた。
WGBB0009は、その展開のなかで36mm・18Kローズゴールド・自動巻きという組み合わせを担う一本である。自動巻きのCal.076を搭載し、防水は30mと、日常使いを前提とした実用域にとどめる。リファレンス番号は、カルティエが現在用いる体系(公式表記ではCRWGBB0009)に従う。旧来のW番号体系から現行体系へと表記が移行した経緯もあり、本機の正確な投入時期は公表資料からは特定しづらい。ただし36mmローズゴールドの自動巻きは、コレクションの定番構成として長く供給されてきた。
現行カタログでは、スティールのWSBB0048、ダイヤモンドを留めたローズゴールドのWJBB0034と並んで掲載され、本機は現行モデルとして流通している。購入時にはカルティエ ケアの登録により国際保証を延長できる制度も案内されている。生産期間中の細部仕様の変遷については、公式の最新情報での確認が望ましい。