1972年からの距離、1993年への助走
オーデマ ピゲのロイヤル オークが、20年目の節目を翌年に控えていた1989年。同社のジョイント・マネージング・ディレクターであったステファン・ウルカートは、22歳のデザイナーであるエマニュエル・ゲイに、若い世代の手首を捉える新たなロイヤル オークの構想を委ねた。1972年にジェラルド・ジェンタが描いた原型は依然として象徴的でありながら、販売は伸び悩んでいた。女性が男性用時計を着用する時代の機運に対し、男性側はさらに大きな存在感を求めはじめていた。
ゲイが選んだ答えはケース径42mm。男性用腕時計の平均が36mm前後であった当時、これは桁違いの寸法である。8角形ベゼルと8本のビスというロイヤル オークの設計言語を保持したまま、ベゼルとケースミドルの間にラバーガスケットを露出させ、リューズとプッシャーをラバーで覆い、文字盤にはクロノグラフ機構を加えた。完成までには4年を要し、社内の反対も少なくなかった。後年ゲイが回想するところでは、ジョルジュ=アンリ・メイランは試作品を見て「悪いがきみはどうかしている」と述べたと伝わる。