設計思想
若き設計者への依頼
1989年、オーデマ ピゲの共同経営責任者だったスティーブン・アーカートは、入社間もない22歳のデザイナー、エマニュエル・ギュエにひとつの課題を与えた。1972年に生まれたロイヤル オークの20周年を記念し、若い世代に向けた新しいロイヤル オークを描くことである。当時のロイヤル オークは登場から20年近くを経て、顧客層の高齢化が課題になりつつあったと伝わる。
ギュエが出した答えは、原型の洗練でも縮小でもなく、徹底した拡大だった。社内の反応は冷ややかで、デザインへの異論は最後まで消えなかったとされる。それでもアーカートは開発を支持し続け、完成した時計に「ロイヤル オーク オフショア」の名を与えたのも彼だったと伝わる。
1993年バーゼル、「ビースト」の誕生
開発は当初の予定から1年遅れ、25721STはロイヤル オーク誕生から21年後の1993年バーゼルフェアで発表された。42mm径・厚さ15mmという量塊は当時の高級時計として前例がなく、本機はすぐに「ビースト(野獣)」と呼ばれるようになった。ロイヤル オークの生みの親であるジェラルド・ジェンタがAPのブースに乗り込み、自らのデザインが壊されたと激しく抗議した逸話は、時計史の語り草になっている。
市場の反応も当初は鈍かった。こんな時計は誰も買わないと面と向かって言われたと、ギュエは後年振り返っている。最初に本機を受け入れたのはイタリア市場だったとされ、評価の逆転には数年を要した。
大型時計時代の起点として
25721STがもたらしたのは、1モデルの成功にとどまらない。42mmという径は2000年代に一般化する大型ケースの先駆けであり、高級スポーツウォッチの寸法感覚を塗り替えた。防水部品や耐衝撃構造をあえて意匠として誇示する設計姿勢も、後のラグジュアリースポーツ全般に波及していく。ロイヤル オークが純度を守るべき原典であるのに対し、オフショアには素材と表現の実験場という役割が与えられた。その分業の起点が本機である。
派生と再来
1990年代後半には同じケースにカラー文字盤を載せた派生が加わり、25721STの番号は多彩な展開の母体となった。1999年には映画『エンド・オブ・デイズ』と連動した黒色仕上げの限定モデル25770SNが登場し、テーマ限定という後のオフショアの定型がここに始まる。初代の造形そのものへの再評価も進み、2013年には意匠を踏襲した20本限定の26218STが、2018年には25周年を記念した忠実な復刻26237ST.OO.1000ST.01が発表された。誕生から30年を経てなお、本機の輪郭は現行コレクションの基準であり続けている。
意匠分析
ケースは、ロイヤル オークの文法を単純に引き伸ばしたものではない。8本の六角ビスを備える八角形ベゼルや一体型ブレスレットは継承しつつ、ベゼルとケースの間にラバーガスケットを露出させ、本来隠すべき防水部品を意匠として見せた。リューズとプッシャーは「テルバン」と呼ばれる青い高性能エラストマーで被覆され、新設のガード一体型ケースサイドに守られる。厚さ15mmの量塊と相まって、堅牢性そのものを視覚化する設計である。
文字盤はロイヤル オーク譲りのプティ・タペストリーだが、パターンのピッチはわずかに異なり、初期の約1,000本はより細かい目を持つことが知られる。深い青はクイーンブルーとも呼ばれる色調で、外周には傾斜したタキメーターリングを配し、夜光を載せたホワイトゴールド製の幅広インデックスが視認性を支える。3時位置の日付窓に載る拡大レンズは装飾ではない。モジュール構造ゆえに日付ディスクが文字盤から深く沈むことへの補正として生まれ、結果的にオフショアの視覚的署名となった。なお1999年以前の文字盤塗料は経年で褐色に変化する個体が知られ、現存個体の表情を大きく分けている。
ムーブメントはCal.2126/2840。ジャガー・ルクルト製Cal.889をベースに、デュボア・デプラ製クロノグラフモジュール2840を重ねた自動巻である。42mmケースに対して機械は小さく、生じた余剰空間には軟鉄製の防磁インナーケースが収められた。制約から生まれたこの構造は、裏蓋を開けてもなお機械が現れない堅牢性の証として、かえって本機の性格を強めている。ブレスレットの初期約500本には、Ref.5402系に通じる薄いブレード式クラスプが採用された。
系譜と歴史
開発は1989年に始まり、25721STは1993年のバーゼルフェアで発表された。リファレンスは25721.ST.O.1000ST.01と表記されるが、後年の体系では25721ST.OO.1000ST.01とも記される。発表段階では名称への確信が持てていなかったと伝わり、最初の約100本の裏蓋には「Offshore」の刻印がなく、「Royal Oak」とのみ刻まれていることが知られる。初期の約500本にはブレード式クラスプと、円形の窓を備えた八角形の緑色レザーボックスが付属したと伝わる。
生産が進むにつれ細部は改められた。最初の約1,000本を境に文字盤のタペストリーの目はわずかに粗くなり、青の色調も変化したことが個体調査から指摘されている。2000年頃以降の個体では、搭載ムーブメントが第2世代にあたるCal.2226/2840へ移行したとされる。並行して1990年代後半には同型ケースにカラー文字盤を載せた派生が展開され、25721STの番号は青文字盤以外にも広がっていった。
ブルー文字盤の本機の生産は2003〜2004年頃に終了したとみられ、その役割は「テーマ」路線の25721ST.OO.1000ST.09や26020STへ引き継がれた。総生産数に公式発表はないが、コレクターによる調査では約2,600本と推定されている。2018年のSIHHではオフショア25周年を記念し、本機を忠実に再現した26237ST.OO.1000ST.01が発表され、初代の意匠は現行コレクションに復帰した。