グランドソヌリ
操作を介さず15分ごとに時とクォーターを自ら打鐘する、置時計の自鳴を腕時計へ凝縮した複雑機構
グランドソヌリ(Grande Sonnerie、「大時打ち」の意)は、時刻の経過を鐘の音で自動的に知らせる音響機構である。15分が訪れるたびに、その時点の「時」と「クォーター(15分単位)」を機構自身が打つ。祖時計の時打ちを腕時計に収めた機構と言える。多くの場合、要求に応じて分まで鳴らすミニッツリピーターと、時を繰り返さないプティ・ソヌリを併せ持ち、切替式とする。打鐘専用の香箱を備える点が、単独の音響機構との大きな違いである。機械式時計の複雑機構のなかでも、製作の難度が最も高い領域に位置づけられる。
仕組み・原理
1. 自鳴という発想
グランドソヌリの核は「自鳴」、すなわち装着者の操作を介さず、機構自身が時刻を音で告げる点にある。要求に応じて鳴るミニッツリピーターと異なり、グランドソヌリは15分ごとに自動で打鐘する。
打ち方には順序がある。まず低音の鐘で「時」を打ち、続いて高低の組み合わせで「クォーター」を打つ。たとえば3時45分であれば、時として3回、クォーターとして3回(45分は第3クォーター)が鳴る。次のクォーターが訪れれば、また時とクォーターを打つ。一方、プティ・ソヌリは正時にのみ時を打ち、各クォーターでは時を繰り返さずクォーターのみを鳴らす。両者を切り替えられる設計が一般的で、文字盤の小窓やケース側のレバーで「グランド/プティ/サイレンス」を選ぶ。
2. 音を生む部品
打鐘音は、ハンマーがゴング(細い鋼線を巻いた発音体)を叩いて生まれる。ゴングは2本以上で、それぞれ異なる音高を持ち、ムーブメントの外周を巡るように配される。
鳴らす順序と回数を決めるのは、歯を刻んだ「ラック」と呼ばれる部品である。ラックは時刻に対応した段差を持つカム(スネイル)の上に落下し、その落下量が打鐘の回数へと変換される。ラックが元の位置へ戻る過程で、歯が小さなレバーを次々に弾き、ハンマーをゴングへ振り下ろす。鳴る旋律は、このラックの歯の配列によって決まる。オルゴールのシリンダーに植えられたピンと同じ理屈であり、歯の並びを変えれば旋律も変わる。
3. 動力とその制御
打鐘には大きな力を要する。仮に時刻を刻む主香箱から動力を引けば、テンプの振り角が落ち、精度に影響する。そのためグランドソヌリは打鐘専用の香箱を独立して備える。この香箱はリュウズで巻き上げる構造を持ち、自動巻きの補助機構を加える設計も見られる。
打鐘の速度を一定に保つのが調速機(ガバナー)である。古典的な遠心式ガバナーは回転で速度を抑える一方、わずかな作動音を伴った。近年は磁気式の調速機が用いられることがある。回転子が磁場の中で受ける渦電流の抵抗で減速させるため、余計な雑音を生まない。
4. 効果と限界
グランドソヌリは、暗がりでも目を向けずとも時刻を知らせる。照明のなかった時代には実用的な価値を持った機構である。現代の腕時計においては、音そのものの美しさと、機構を成立させる技術的達成が価値の中心へと移った。
打鐘機構は精緻で、誤操作に弱い一面を持つ。鳴っている最中にリュウズを引いて時刻を合わせようとすると、機構を傷めうる。この弱点に対し、現代の作り手は、打鐘中の時刻合わせを物理的に遮断する、動力が一定以下になれば打鐘を止めるといった安全機構を組み込んできた。
歴史
1. 時打ちの系譜
時刻を音で告げる仕組みは、腕時計より遥かに古い。塔時計は鐘で時を知らせ、やがて家庭用の錘駆動時計が時打ちを室内に持ち込んだ。ヒゲゼンマイの発明によって時計は携帯できるものとなり、17世紀末には懐中時計に時打ち機構が現れる。クォーターリピーターの考案をめぐっては、英国のダニエル・クェアとエドワード・バーロウの主張が対立したと伝わる。
グランドソヌリは、こうした時打ち時計の系譜の延長にある機構である。特定の個人による単一の「発明」として年代を確定することは難しい。
2. 懐中時計における成熟
18世紀には、自鳴式の懐中時計としてグランドソヌリとプティ・ソヌリが作られるようになった。アブラハム=ルイ・ブレゲは1783年にゴング(音響用の細い線材)を考案したとされ、それまでケース内の鐘を叩いていた打鐘機構を、より薄く設計する道を開いた。ブレゲ自身、グランド/プティ・ソヌリを備えた懐中時計を手がけている。
19世紀から20世紀初頭にかけて、グランドソヌリ懐中時計は複雑時計の頂点の一つに位置づけられ、パテック フィリップなどがごく少数を製作した。
3. 腕時計への移行
グランドソヌリを腕時計に収めることは、長く未踏の領域だった。機構を腕時計の小さな容積に収めながら、十分な音量と動力を確保することが難しかったためである。
この壁を越えたのが独立時計師フィリップ・デュフォーである。彼は1982年からオーデマ ピゲ向けにグランドソヌリの懐中時計ムーブメントを5点手がけ、最後の1点を1988年に納入した。その経験をもとに腕時計への小型化に挑み、1992年、バーゼルで世界初のグランド・エ・プティ・ソヌリ腕時計を発表する。
4. 現代の展開
21世紀に入ると、複数のメゾンがグランドソヌリ腕時計に取り組むようになった。フランソワ=ポール・ジュルヌは2006年、約6年の開発と10件の特許を経てソヌリ・スヴランを発表し、同年のジュネーブ・グランプリで最高賞アギーユ・ドールを受けた。グルベル・フォルセは2017年に磁気式調速機を備えたグランドソヌリを発表している。打鐘速度の制御や安全機構をめぐる工夫は現在も続き、複数の旋律を切り替える機構など、新しい試みも生まれている。
代表的な実装
フィリップ・デュフォー「グランド・エ・プティ・ソヌリ」は、1992年に発表された世界初のグランドソヌリ腕時計である。生涯でおよそ8点しか作られず、独立時計師という存在を象徴する一作となった。その仕上げの精緻さは、過去の名門が手がけた懐中時計をも凌ぐと評されることがある。
F.P.ジュルヌ「ソヌリ・スヴラン」(2006年発表)は、設計思想が際立つ実装である。フランソワ=ポール・ジュルヌは「8歳の子供でも安全に扱える」ことを目標に掲げ、打鐘中の誤操作を物理的に遮断する、動力が一定以下になれば打鐘を止めるといった安全機構を、10件の特許とともに作り込んだ。ステンレススチール製のケースの採用も、音の伝わりを意図した選択である。
グルベル・フォルセ「グランドソヌリ」(2017年)は、磁気式の調速機と、打鐘香箱の自動巻き機構を備える。同社を象徴する傾斜トゥールビヨンを併載し、精度追求の機構と音響機構を一つの作品に収めた。同年にはヴァシュロン・コンスタンタンも、レ・キャビノティエ コレクションでウェストミンスター・チャイムを奏でるグランドソヌリ腕時計を手がけている。
ショパールの「L.U.C ストライク」系は、1世紀以上続いてきたミニッツリピーターの基本構成にとどまらず、打鐘機構そのものに新しい設計を持ち込んだ実装として知られる。
近年では、ブランパンが2025年に「グランド・ダブル・ソヌリ」を発表し、ウェストミンスター・チャイムとオリジナル旋律という2種の旋律をプッシュボタンで切り替える機構を採用した。旋律の選択を可能にした点は、グランドソヌリ腕時計として新しい試みである。独立時計師の少量生産から大メゾンのグランコンプリケーションまで、これらの実装は、機構を成立させる発想がブランドごとに異なることを示している。
この機構を搭載するモデル
WatchLedger は編集主導のアーカイブです。グランドソヌリを搭載するリファレンスは順次追加されます。