設計思想
鳴り続けた系譜の終端で
オーデマ ピゲは1994年にグランドソヌリ腕時計を発表し、1995年から2002年にかけて188個のグランドソヌリ用キャリバーを製造したと伝えられる。塔時計のように時と15分を自動で打ち分けるこの機構は、ミニッツリピーターの上位に位置する音響複雑機構であり、同社が拠点とするジュウ渓谷の伝統そのものである。リファレンス26344を名乗る本機は、その系譜がジュール・オーデマ・コレクションの中で存続していた2010年代半ばの産物である。WatchBaseは製作年を2016年と記録する。
ザ・アワーグラスという宛先
本機の文字盤違いを含むRef.26344は、WatchBase上で5本のみが確認される少数生産群であり、うち青・黒・スレートの3本は小売商ザ・アワーグラスのために製作されたユニークピースとされる。1979年にシンガポールで創業した同社は、アジア太平洋圏を代表する高級時計専門商であり、独立時計師や複雑機構の特注品を継続的に手掛けてきた。本機26344PT.OO.D028CR.02はその青文字盤仕様にあたり、公式サイトでも「限定1本のスペシャルエディション」として記載される。なお公式の説明文は同社を日本の小売商と記すが、本拠はシンガポールである。
このRefが持つ意味
2019年にCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲが登場すると、丸型クラシックの受け皿だったジュール・オーデマは役目を終えていく。2020年には本機と同じ489部品構成を持つ後継のCal.2956が、CODE 11.59 グランドソヌリ・カリヨン・スーパーソヌリに搭載された。つまり本機は、1994年に始まる旧世代グランドソヌリがジュール・オーデマの名で世に出た、最終期の1本と位置づけられる。シリーズの終幕と特注文化の交点に立つ存在であり、カタログモデルでは語れないオーデマ ピゲの一面を今に伝えている。
意匠分析
グランドソヌリは打鈴音を外へ逃がす構造を要するため防水化が難しく、本機も非防水である。それでも950プラチナのラウンドケースは直径39mm、厚さ11.1mmに収まり、489部品のCal.2945を宿す機械としては抑制の利いたプロポーションを保つ。比重の大きいプラチナは打鈴の響きに影響するため、音響複雑時計の外装素材としては挑戦的な選択でもある。風防と裏蓋はいずれも無反射コーティングのサファイアで、シースルーバックから手巻機構と打鈴装置の作動を視認できる。
文字盤は18Kゴールド無垢に手作業でギヨシェ彫りを施した青仕上げである。型押しではなく彫刻機を職人が操作する伝統技法で、光の角度により紋様の陰影が変化する。インデックスはアプライド、針はホワイトゴールド製のリーフ型で、兄弟機D002CR.01のロジウム調文字盤を青に読み替えた構成と捉えられる。6時位置にスモールセコンド、文字盤上部にパワーリザーブ表示を備え、音響機構の複雑さに対して表示は時・分・秒・残量のみと簡潔にまとめられている。
Cal.2945は毎時21,600振動 (3Hz)、53石、パワーリザーブ48時間の手巻キャリバーで、3本のゴングと3つのハンマーによるカリヨン打鈴を特徴とする。通常のソヌリが2音で15分を告げるのに対し、カリヨンは高・中・低の3音を連ねるため、打音の旋律性が増す。ストラップは手縫いの青アリゲーター、クラスプはプラチナ製フォールディングで、ケース素材と統一されている。
系譜と歴史
WatchBaseの記録によれば、26344PT.OO.D028CR.02は2016年に製作された。発表会やフェアでの公開を伴う通常の新作と異なり、特定顧客向けの特注品として静かに世に出たため、公式な発表年月の記録は確認できない。Ref.26344のグランドソヌリ・カリヨンは確認される限り5本のみで、いずれも限定1本の個体である。本機はそのうちザ・アワーグラスに捧げられた青文字盤仕様にあたり、同じ宛先を持つ黒文字盤の26344PT.OO.D002CR.02、スレート文字盤の26344PT.OO.D002CR.03と対をなす。シルバー系の26344PT.OO.D002CR.01と26344PT.OO.D028CR.01も同年代の製作とされる。ユニークピースのため生産期間中の仕様変更や派生展開は存在せず、追加生産も行われていない。オーデマ ピゲの公式サイトには現在もスペシャルエディションとして記載が残るが、ジュール・オーデマ・コレクション自体は2019年のCODE 11.59登場を境に縮小し、グランドソヌリの系譜は2020年発表のCal.2956搭載機へ引き継がれた。本機は今後も世界に1本のみの存在であり続ける。