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CALIBER · PATEK PHILIPPE

CH 29-535 PS

手巻 Handwound Analog

2009年登場、パテック フィリップが「自前のクロノグラフ」を取り戻した自社製手巻機構

CH 29-535 PS
movement · CH 29-535 PS
図: ムーブメント — WatchBase
OVERVIEW · 概要

CH 29-535 PSは、2009年にパテック フィリップが発表した、同社初の量産規模の自社製手巻クロノグラフである。直径29.6mm、振動数28,800vph (4Hz)、パワーリザーブ65時間、33石、270部品。コラムホイールと水平クラッチによる伝統構造に6件の特許機構を組み込み、ブレゲ式ヒゲゼンマイとジャイロマックス・テンプを組み合わせる。レマニア2310ベースのCal. CH 27-70に依存してきた同社にとって、自前のクロノを持つ積年の課題に応えた基幹機構である。Ref. 7071を皮切りに5170・5172・5270・5370・5204・5470Pへ派生し、現行クロノグラフ群の中核を担う。

SPECIFICATIONS · 仕様
MakerPatek Philippe
ReferenceCH 29-535 PS
TypeHandwound
DisplayAnalog
Frequency28,800 bph (4 Hz)
Jewels33 石
Power reserve65 h
Movement ⌀32 mm
HandsHours, Minutes, Small Seconds
ChronographChronograph, Column wheel
EDITORIAL · 編纂

系譜と歴史

Genealogy & history

1. レマニアからの脱却

長らくパテック フィリップの手巻クロノグラフは、外部エボーシュへの依存と切り離せない歴史を歩んできた。20世紀後半その中核を担ってきたのが、レマニアが1942年に発表したCal. 2310をベースとするCal. CH 27-70である。1985年のRef. 3970永久カレンダー・クロノグラフで初採用され、1998年にはRef. 5070、2004年からはRef. 5970へと受け継がれ、26年にわたって同社の手巻クロノグラフを支え続けた基幹である。

しかしレマニアは1992年にスウォッチ・グループの傘下に入り、エボーシュ供給の継続性に陰りが見え始める。同時に業界全体で、自社製ムーブメントを「真正性」の指標とみなす空気が強まりつつあった。クォーツ危機後の高級時計復権の立役者の一人であるフィリップ・スターンにとって、自社のクロノグラフを完全に自前のものと呼べないことは、長らく意識された未解決課題だったと伝わる。

2. 開発:5年の沈黙

開発が着手されたのは2004年とされる。白紙からの再設計であり、目標はレマニア2310の完成度を継承しつつ、現代的な性能水準と保守体系に書き換えることに置かれた。コラムホイール(柱車)制御と水平クラッチという伝統的な手巻クロノグラフのアーキテクチャを保持したのは、簡略化や効率優先ではなく、機構美と修理性の系譜に対する意志的な選択である。

5年に及ぶ開発の末、CH 29-535 PSは2009年11月にプレース・ヴァンドームで発表された。最初の搭載機が女性向けのRef. 7071「レディース・ファースト・クロノグラフ」だったことは象徴的である。同じく2009年に新設された自社品質基準「パテック フィリップ・シール」を初めて与えられたムーブメントでもあり、二重の意味で「第一号」を担った。男性向けの初出はその翌2010年、Ref. 5170Jであった。

なおパテック フィリップ初の完全自社製クロノグラフキャリバー自体は、2005年のRef. 5959Pに搭載されたCHR 27-525 PS(スプリットセコンド機構)であり、CH 29-535 PSはあくまでも「量産規模で展開される基幹手巻クロノ」としての初を担う位置にある。

3. 派生の系譜

CH 29-535 PSは、その後ベースキャリバーとして家族を広げていく。スプリットセコンド版CHR 29-535 PS(2015年、Ref. 5370搭載)、永久カレンダー・クロノグラフ版CH 29-535 PS Q(Ref. 5270搭載。レマニアベースのCH 27-70 Qを継ぐ役割)、スプリットセコンド永久カレンダー版CHR 29-535 PS Q(Ref. 5204搭載)、そして2022年に1/10秒モノプッシャーを実装した5Hzの派生CH 29-535 PS 1/10(Ref. 5470P搭載、新たに7件の特許を取得)へと展開した。基本機構の設計余裕が、これだけ多様な複雑機構の土台として通用しうることを、派生の幅広さが示している。

4. 同時代の対抗軸

2000年代後半以降、伝統構造の手巻クロノグラフは欧州高級時計の各社が独自に磨いた領域である。A. ランゲ&ゾーネのCal. L951.1(1815クロノグラフ等)、ヴァシュロン・コンスタンタンのCal. 3300は、いずれも手巻、コラムホイール、水平クラッチという設計言語を共有しつつ、各社の構造美学を反映する。自動巻クロノが市場の主流となる中で、手巻の選択は機構の透明性と仕上げの可視性を優先する立場であり、CH 29-535 PSはその系譜における2009年以降の代表的解答といえる。

MECHANISM · 機構と仕様

技術解説

Technical breakdown

アーキテクチャの選択

CH 29-535 PSは、コラムホイール(柱車)制御と水平クラッチ(水平カップリング)を採用した手巻クロノグラフである。直径29.6mm、厚さ5.35mm、部品点数270、石数33。コラムホイールは、プッシャーへの入力をクロノグラフ機構の三状態(作動・停止・帰零)に変換する分配装置であり、カム式に比べて動作が滑らかで、プッシャーフィーリングと長期的信頼性に優れるとされる。水平クラッチもまた古典的選択肢である。垂直クラッチに対して秒針の振幅低下を招きやすいという課題を持つが、ブリッジを介して各車輪の噛み合いが目視で観察できる点で、機構の透明性に勝る。

6つの特許

開発時に取得された6件の特許は、いずれも水平クラッチ式クロノグラフが歴史的に抱えてきた課題への具体解である。

第一に、クロノグラフ車と駆動車の歯形最適化。両者の歯形を非対称に再設計し、噛み合い時のバックラッシュ(秒針の戻り揺らぎ)を抑制する。第二に、クラッチ・レバーとブレーキ・レバーの同期最適化により、スタート/ストップ時の動作精度を高める。第三に、柱車キャップを用いた噛み合い深さの精密調整機構で、組立・調整時の誤差を最小化する。第四に、スロット付きミニッツカウンター・カムと薄肉化レバー、コイルスプリングを組み合わせた瞬時ジャンプ式30分積算機構。これは伝統的なエスカルゴ・カム式に比して質量とトルク負担を抑える解である。第五に、リセット時にゼロ位置を自動補正するセルフ・セッティング・ハンマー。第六に、石軸受間に枢支されたハンマー構造で、摩耗を最小化する。

いずれも「水平クラッチの欠点とされてきた点を、原理を変えずに緻密に潰す」という方向性であり、伝統構造の現代的な再定義といえる。

調速・テンプ周辺

振動数は28,800vph (4Hz)で、現代の標準的高振動帯にある。テンプはフリースプラング式の可変慣性テンプ「ジャイロマックス」、ヒゲゼンマイはブレゲ式の終端曲線を持つ合金製で、ジュネーブ高級ムーブメントの古典的な構成を踏襲する。シリコン系素材の調速部品は基本仕様には含まれず、シリコンヒゲゼンマイ「Spiromax」や「オシロマックス・アンサンブル」が用いられるのは派生のCH 29-535 PS 1/10(Ref. 5470P搭載)に限られる。

パワーリザーブは最低65時間で、これは先代Cal. CH 27-70(約60時間)から伸長した数値である。香箱のトルク維持と機構効率の両面で再設計が行われたとされる。

仕上げと認定

仕上げは伝統的なジュネーブ装飾の系譜にある。コートドジュネーブ(波目模様)、ペルラージュ(真珠模様)、面取り(アングラージュ)、柱車キャップの鏡面研磨、ブリッジエッジの手作業による磨きが施される。シースルーバックを介して観察できるCH 29-535 PSの仕上げは、先代Cal. CH 27-70の「Y字型クロノグラフ・ブリッジ」の意匠的記憶を継承するものと評される。

ムーブメントには2009年に新設された「パテック フィリップ・シール(Poinçon Patek Philippe)」が刻印される。これは1886年以降ブランドが帯同してきたジュネーブ・シールに代わるもので、機構性能・仕上げ・耐久性・サービス体系を含む独自規準を、完成時計全体に課す制度である。日差は−3〜+2秒以内が求められる。CH 29-535 PSは、この新シール下で出荷された最初のキャリバーでもあった。

04 — CARRIERS · 搭載モデル一覧

このキャリバーを搭載する 1 本のリファレンス

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