P.980
2025年、薄型化とストップセコンドを得て生まれ変わった、Luminor Marina新世代の自動巻キャリバー
P.980は、2025年4月のWatches & WondersでPaneraiが発表した、Luminor Marina新世代を担う自動巻キャリバーである。リシュモン傘下のManufacture Horlogère ValFleurierが製造を担い、先行Cal. P.900を基盤に薄型化と機能拡充が図られた。径12½ライン、厚さ4.2mm、28,800vph (4Hz)、23石、177部品、単香箱で72時間PRを確保する。テンプを両端で支えるトラバーシング・バランスブリッジ、ストップセコンド機構、六姿勢調整による精度管理が技術的要点で、PAM03312系やBronzo (PAM01678) に搭載される。
| Maker | Panerai |
|---|---|
| Reference | P.980 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 28,800 bph (4 Hz) |
| Jewels | 2238 石 |
| Power reserve | 72 h |
| Movement ⌀ | 28.2 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
| Date | Date |
系譜と歴史
1. Luminor Marina の動力源を担う新世代
P.980は、2025年4月のWatches & WondersでPaneraiが発表した、Luminor Marina新世代に搭載される自動巻キャリバーである。長らく同コレクションの動力源であったCal. P.9010 (双香箱、72時間PR、厚さ6.0mm) からの世代交代を担う基幹ムーブメントであり、ケース全体の薄型化、500m防水化、そしてシースルーサファイアケースバックの採用という、コレクション全体の構造的再設計と一体で開発された経緯を持つ。
設計と製造を担うのは、リシュモン傘下のキャリバー専業会社、スイス・ヴァル・ド・トラヴェールに本拠を置くManufacture Horlogère ValFleurier (MHV) である。2005年に設立された同社は、グループ各ブランド向けに自動巻プラットフォームを供給してきた経緯があり、P.980はその「12½ライン級薄型自動巻」系統の発展形と位置付けられる。Paneraiは自社製キャリバーとして案内する一方、業界メディアでは、IWCのCal. 32110やBaume & MercierのBaumatic BM12-1975Aと共通する基盤を持つと報じられている。
2. P.900 からの進化
P.980の直接の母体は、Paneraiが薄型ラインに採用してきたCal. P.900である。P.900は径12½ライン、厚さ4.2mm、振動数28,800vph、単香箱72時間という諸元を備え、Luminor Dueなどに搭載されてきた。Luminor Marinaの従来主力Cal. P.9010 (径13¾、厚さ6.0mm、双香箱) と比較すると、明らかに薄型を志向した設計である。
P.980は、このP.900系のアーキテクチャをLuminor Marinaの中核ムーブメントへ移植したものと整理できる。径と厚みはP.900を踏襲しつつ、構成部品は171点から177点へ増えた。最大の機能追加はストップセコンド機構の搭載で、竜頭を引いた際に秒針を停止させ、秒単位での時刻合わせを可能とする。さらに、六姿勢での精度調整がPaneraiの仕様として明示された点も、現代的な精度管理体制への適合と読み取れる。耐衝撃性の面ではテンプを両端で支えるトラバーシング・バランスブリッジが導入され、片持ち式のバランス・コックを採るP.900との明確な構造的差別化が図られている。
3. グループ・プラットフォームの中の選択
リシュモングループ内では、ValFleurierが開発した薄型自動巻プラットフォームが複数ブランドで共有されてきた経緯があり、P.980もその系譜上に位置すると考えられる。一方、調整工程・精度管理・仕上げはブランドごとに異なる運用がなされており、P.980はPaneraiの六姿勢調整と独自仕上げを経て出荷される。同一プラットフォーム上での差別化を、調整・仕上げ・搭載コンテキストの組み合わせで行うアプローチであり、大手グループに典型的なキャリバー戦略のひとつと捉えられる。
技術解説
基本諸元
P.980は、径12½ライン (約28.2mm)、厚さ4.2mm、構成部品177点、石数23石、振動数28,800vph (4Hz)、パワーリザーブ72時間、単香箱、Incabloc耐衝撃機構を備える自動巻機械式キャリバーである。表示機能は時・分・スモールセコンド (9時位置)・カレンダー (3時位置) で構成され、ストップセコンド機能を備える。
12½ラインという径はLuminor Marinaの44mmケースに対しては小ぶりで、厚さ4.2mmという数値はムーブメント単体としてはやや薄い部類に入る。Paneraiが従来Luminor Marinaに用いてきたCal. P.9010が径13¾ライン×厚さ6.0mmであったことを踏まえると、ムーブメント厚で約30%、径で約8%の縮小である。ケースの薄型化と500m防水化を両立させる前提として、この寸法は戦略的に選ばれていると考えられる。
トラバーシング・バランスブリッジ
P.980を構造的に最も特徴づける要素が、テンプ軸を両端で支える「トラバーシング・バランスブリッジ (traversing balance bridge)」である。片側のみで支持する従来式のバランス・コックに対し、両端固定式のブリッジ構造は、テンプ軸の傾きや変位に対する剛性が高く、衝撃や姿勢変化に伴う精度のばらつきを抑える効果があるとされる。Paneraiの自動巻ラインでは伝統的にバランス・コックが用いられてきたため、本キャリバーでの両端支持構造への移行は、500m防水ダイバーズとしての衝撃耐性を意識した設計判断と読み取れる。シースルーサファイアケースバックを通じて、このブリッジ構造はそのまま視認可能となっている。
テンプ・脱進機・耐衝撃機構
テンプは28,800vph (4Hz) で振動する。4Hzは現代の汎用域における標準的な振動数であり、精度の安定性と消費エネルギーのバランスを取った選択である。脱進機はスイス・レバー脱進機を採用し、耐衝撃機構としてIncabloc (アンカー石の弾性支持機構) を備える。テンプ材質やヒゲゼンマイの素材 (シリコン採用の有無を含む) といったより詳細な仕様は、Paneraiから明示的に公開されていない。
香箱と巻上機構
P.980は単香箱構成で、72時間 (3日間) のパワーリザーブを確保する。Paneraiは伝統的に「3日間」というパワーリザーブを多くのキャリバーで揃えてきており、本機もその実用基準を踏襲している。自動巻はローターによる双方向巻上で、リシュモングループ内の他キャリバーと同様、効率性の高い巻上機構が採られているとされる。
精度管理 — 六姿勢調整とストップセコンド
P.980は六姿勢での調整を経て出荷される。文字盤上・下、リューズ上・下・左・右の6つの姿勢における歩度差を抑える調整工程で、現代の高品質機械式ムーブメントが採用する標準的な精度管理手法の一つである (なお、P.980はC.O.S.C.クロノメーター認定の取得自体は公表されていない)。加えて、本機の機能上の大きな更新点として、ストップセコンド機構が新たに搭載された。竜頭を引いた際に秒針を停止させ、秒単位での時刻合わせを可能にする実用機能で、先行するP.900系および現行のP.9010仕様には備わっていなかった機構である。
仕上げと外観
P.980は、Luminor Marina新世代において初めて、シースルーサファイアケースバックを通じて常設的に観賞対象となるキャリバーである。それに伴い、地板およびブリッジには新たな仕上げが施され、ローターには「Panerai」のロゴが彫り込まれる。具体的な装飾仕上げ (コートドジュネーブ、ペルラージュ等) の運用はリファレンスにより異なるとされ、細部の仕上げはモデルごとに確認されることが望ましい。