03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 月相とグラスヒュッテ・オリジナルの女性向け機
月の満ち欠けを盤上に再現する月相(ムーンフェイズ)は、同社が長く磨いてきた表現である。ザクセンの伝統を継ぐグラスヒュッテ・オリジナルは、パノマティックルナをはじめ、複数のモデルでこの複雑機構を展開してきた。
一方、女性向けの機械式時計には固有の課題があった。従来のパノマティックルナは、男性向けモデルを小径化した設計を基礎とする。対してレディ・セレナーデ系は、当初から女性向けとして構想された系譜である。2024年、この系譜に月相を与えるにあたり、既存ムーブメントの転用ではなく、専用キャリバーが新規開発された。それがCal.35-14である。
2. 小径・薄型・日常性という開発命題
開発の出発点は、直径32.5mmという小さなケースであった。限られた容積に月相を収め、なおかつ日常の着用に耐える堅牢性を持たせる。この相反する要請が設計の主題となった。
解は機構の薄型化に求められた。完成したCal.35-14の厚さは3.8mmにとどまる。月相表示を独立したモジュールとして上載せするのではなく、基礎機構に統合することで、この薄さが実現された。結果としてケース厚は8.9mmに抑えられ、小径ケースとの均衡が保たれている。香箱(ぜんまいを収める容器)には十分な容積が割かれ、60時間のパワーリザーブを支える。
3. 無垢ゴールド製ローターという初の試み
Cal.35-14には、同社として初となる試みが盛り込まれた。回転錘(ローター)を支えるローター・プレートを、無垢のレッドゴールドで成形した点である。その表面には貝殻を思わせるギヨシェ彫りが施され、シースルーバックを通して鑑賞できる。
女性向けの時計に、専用設計の自社製ムーブメントを与える例は多くない。意匠の華やかさと機構の真正性を同じ水準で扱う姿勢は、同社の女性向け路線における一つの到達点とされる。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
構造とテンプ周り
Cal.35-14は直径26mm、厚さ3.8mmの自動巻キャリバーである。地板上面には、グラスヒュッテ伝統の3/4プレートが据えられる。受けを複数に分けるスイス式に対し、一枚板で輪列(歯車の列)を押さえる3/4プレートは剛性に優れる構造である。
テンプ(往復回転で時を刻む調速車)の受けにも配慮がある。一点で留める一般的な受けではなく、二本のネジで固定する橋状の受けを用い、支持の安定性を高めた。テンプには4個の調整ネジが備わり、緩急の微調整を担う。
自動巻の回転錘そのものにも比重の大きい金が用いられる。密度の高い素材は、わずかな腕の動きでも効率よく主ぜんまいを巻き上げる。
ヒゲゼンマイと振動数
調速の心臓部であるヒゲゼンマイには、シリコン製が採用される。シリコンは磁気の影響を受けず、温度変化による特性の揺らぎも小さい。このため、別途の軟鉄製インナーケースを設けずとも、実用域での耐磁性が確保される。
振動数は28,800vph (4Hz)である。テンプが1秒間に8回振れる速さを意味し、外乱に対する安定と摩耗の抑制の均衡点として、現代の標準的な値にあたる。ぜんまいを収める香箱は単一ながら容積が大きく、60時間という余裕あるパワーリザーブの背景となっている。
大判の月相機構
本キャリバー最大の特色は、月相表示の構成にある。一般的な月相は、扇形の窓から月が顔を出す方式を採る。盤面に二つの月を描いた円盤が約29.5日で一周し、窓を通して見える月の量で満ち欠けを示す仕組みである。この方式では、表示される月は比較的小さくなる。
Cal.35-14はこれと逆の発想を採った。文字盤のほぼ全面を覆う大きな円盤を月そのものに見立てる。円盤は白蝶貝で覆われ、夜空に見立てた四つの暗い円が等間隔に配される。円盤が回転すると、この暗い円が月面を覆い、また現すことで満ち欠けを表現する。窓の中に月を覗かせるのではなく、盤全体を月とする発想が、ワイドスクリーン状の大きな月相を生んでいる。
四つの暗い円は均等に並び、円盤の回転に応じて見える数が変わる。これにより、月面が覆われる広さが連続的に移ろう。新月では暗い円が月面を覆い、満月では月面が大きく開く。
仕上げ
仕上げは同社の伝統に忠実である。地板にはペルラージュ(円を重ねる装飾)、3/4プレートにはグラスヒュッテ・ストライプが施される。減速歯車にはサンバースト仕上げ、ネジには熱処理による焼き入れの青色が与えられる。面取りされた稜線と研磨されたスチール部品が、シースルーバックの内側で光を受ける。