AP 3132
2016年発表、同軸に二つのテン輪を重ねる特許機構を擁する、オーデマ ピゲの自動巻スケルトン
Cal. 3132は、2016年のSIHHでロイヤル オーク ダブル バランス ホイール オープンワーク(Ref. 15407ST/15407OR)とともに発表された、オーデマ ピゲの自社製自動巻キャリバーである。基幹自動巻Cal. 3120を土台に、同軸上に二つのテン輪と二本のヒゲゼンマイを重ねる「ダブル バランス ホイール」と称される特許機構を組み込んだ。振動数3Hz (21,600vph)、パワーリザーブ45時間、38石、245パーツ。装着前提でスケルトン化された骨抜き構造のもと、41mm/37mmの両径ロイヤル オークに搭載される。
| Maker | Audemars Piguet |
|---|---|
| Reference | AP 3132 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 38 石 |
| Power reserve | 45 h |
| Movement ⌀ | 26.6 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
| Additional | Skeleton, Double Balance |
系譜と歴史
1. オーデマ ピゲ自社製キャリバーの系譜
Cal. 3132を理解するには、その土台となるCal. 3120の存在から語らねばならない。Cal. 3120は2005年前後にロイヤル オーク Ref. 15300で初搭載された、オーデマ ピゲ初の本格的な自社製自動巻と位置付けられるキャリバーである。同社は20世紀後半まで、ジャガー・ルクルトやフレデリック・ピゲ等のエボーシュを部分的に活用してきたが、Cal. 3120の登場により、ロイヤル オークの基幹自動巻を内製化する転換点を迎えた。
Cal. 3132は、このCal. 3120を出発点として、調速機構を抜本的に再設計したキャリバーである。基本構成、輪列、香箱、自動巻機構は3120を踏襲しつつ、地板・ブリッジのオープンワーク化と、後述するダブル テン輪機構の追加が施された。
2. ダブル バランス ホイール機構の発想
Cal. 3132の中核は、SIHH 2016で初公開された「ダブル バランス ホイール」(Double Balance Wheel)と称される特許機構にある。これは同一の天真軸上に、二つのテン輪と二本のヒゲゼンマイを上下に重ねて搭載するもので、両者は完全に同期して振動する設計とされる。
伝統的なテン輪は、その振動中にヒゲゼンマイが収縮・拡張を繰り返すことで、わずかに重心を軸からずらす性質を持つ。この偏心が天真と受石の摩擦を生み、姿勢差として精度に影響する。Cal. 3132では、二本のヒゲゼンマイを軸の上下に180度反転させて配置することで、両者が生む偏心力を相互に打ち消す思想が採られた。同時に、テン輪を二重化することで調速系全体の慣性モーメントを増大させ、衝撃や姿勢変化への抵抗力を高めることを狙う。
オーデマ ピゲ自身は、本機構によって従来比で約30パーセントのクロノメトリック性能向上を見込むと公表している。一方で、二つ目のテン輪を駆動するエネルギーが必要となるため、Cal. 3120の60時間に対し、Cal. 3132のパワーリザーブは45時間に減じている。設計上のトレードオフを明示する姿勢は、技術文書としても誠実なものといえる。
3. オープンワーク文化との接続
オーデマ ピゲはスケルトン技法を1930年代から手がけており、地板とブリッジから可能な限り素材を除去することで、機構を視覚的に開示する伝統を持つ。Cal. 3132は、新機構を単に内部に隠すのではなく、ロイヤル オーク 40周年記念モデルのRef. 15305 (Cal. 3120のオープンワーク版) で確立した開示の文法に乗せる形で世に出された。
二重のテン輪は、ダイヤル側からは6時から9時の位置で観察でき、ケースバック側からも別アングルで覗ける。この「両面から見える調速機構」という設計が、機構の物語性と視覚的訴求を結びつけている。
4. ロイヤル オーク内での位置
Cal. 3132は2016年の発表以降、41mmのRef. 15407 (スティール/ピンク ゴールド系)、Ref. 15412 (フロステッド ゴールド)、Ref. 15416 (セラミック) 等で展開され、2024年には37mmケースのRef. 15467/15468系も加わった。いずれも時・分・センター秒のシンプル機能に留まり、機構そのものを主役とする位置付けが一貫している。
ロイヤル オーク内の階層では、標準のセルフワインディング(Cal. 4302/7121系)と、トゥールビヨンやパーペチュアル カレンダーといった大複雑時計の中間に位置する。複雑機構を加えずに調速系のみで差異を主張する点で、オーデマ ピゲのエンジニアリング哲学を凝縮した一例である。
技術解説
構造の概観
Cal. 3132は、有効直径26.6mm (11 3/4''')、245パーツ、38石で構成される自動巻キャリバーである。機能は時・分・センター秒のみで、複雑機構は持たない。基幹自動巻Cal. 3120を土台に、後述するダブル テン輪機構の追加と、地板・ブリッジのスケルトン加工が施されている。Cal. 3120の40石・280パーツに対し、本機の38石・245パーツという数字は、骨抜き加工により不要となった部品が除かれ、調速系が新規部品で置換された結果と理解される。
ダブル バランス ホイール
最大の特徴は、同一天真上に上下二段で重ねられたテン輪と、それぞれのテン輪に固定された二本のヒゲゼンマイである。ヒゲゼンマイは同一合金で揃えられたうえ、互いに180度反転した位相で取り付けられ、両者の重心移動が打ち消し合うよう設計されている。
テン輪には可変慣性方式の調整錘 (チラネジに相当する慣性ブロック) が複数搭載され、調速はテンプ自身の慣性モーメントを変える方式で行われる。これにより、ヒゲゼンマイの有効長を変えるレギュレータピン方式に頼らず、温度差や経時変化に対する精度安定性が向上するとされる。
振動数は3Hz (21,600vph)。現代のクロノメーターグレード自動巻が4Hz (28,800vph) を採ることも多い中で、あえて低めに抑えた値である。高振動化は精度向上と引き換えに部品の摩耗と潤滑要求の増大を伴うため、3Hzの維持は耐久性と保守性のバランスを意図したものと考えられる。
脱進機・輪列
脱進機は伝統的なスイスレバー式である。コーアクシャル等の特殊脱進機を採用するのではなく、十分に枯れたレバー脱進機構に対し、調速系の革新で精度を底上げするアプローチが採られている。輪列はCal. 3120から継承された構成で、香箱は単一であり、ぜんまいの長さとトルク特性によりパワーリザーブ45時間を確保する。
Cal. 3120の60時間と比較すると15時間短いが、これは二つ目のテン輪を駆動するエネルギー消費の増分が主因と公表されている。設計上のトレードオフであり、機構の不完全さを示すものではない点に留意したい。
自動巻機構
ローターは22Kゴールド製で、回転方向はバイダイレクショナル(両方向巻上げ)、軸受にはセラミック ボール ベアリングを採用する。Cal. 3132ではローター自体もスケルトン化され、ケースバック越しに機構の大半を視認できるよう骨抜き加工される。仕上げはバージョンによりピンク ゴールド調、アンスラサイト調等が選択される。
仕上げと装飾
スケルトン化された地板・ブリッジは、CNC加工で輪郭を切り出した後、職人の手作業でアングラージュ(面取り)が施される。V字に切り込まれた内角の研磨は、機械加工では仕上げ切れない難所として知られ、手仕上げの真贋を見極める指標とされる。
ブリッジはルテニウム コーティングによりダーク グレーの色調に整えられ、ピンク ゴールド製のテン輪ブリッジやインデックスとのコントラストを生む構成が定石となっている。一部の仕様では、ブリッジ全体をピンク ゴールド色やアンスラサイト色に染め、ケース素材との視覚的呼応を図る派生も存在する。
認定の枠組み
Cal. 3132はCOSC等の第三者クロノメーター認証を取得していない。これはオーデマ ピゲが自社基準による検査・調整・品質保証の体系を採る方針によるとされる。出荷時の調整位置数や許容差は社内基準として保持されており、第三者認証への依拠とは異なる経路で精度を担保する姿勢が貫かれている。