系譜と歴史
1. オーデマ ピゲ自社製キャリバーの系譜
Cal. 3132を理解するには、その土台となるCal. 3120の存在から語らねばならない。Cal. 3120は2005年前後にロイヤル オーク Ref. 15300で初搭載された、オーデマ ピゲ初の本格的な自社製自動巻と位置付けられるキャリバーである。同社は20世紀後半まで、ジャガー・ルクルトやフレデリック・ピゲ等のエボーシュを部分的に活用してきたが、Cal. 3120の登場により、ロイヤル オークの基幹自動巻を内製化する転換点を迎えた。
Cal. 3132は、このCal. 3120を出発点として、調速機構を抜本的に再設計したキャリバーである。基本構成、輪列、香箱、自動巻機構は3120を踏襲しつつ、地板・ブリッジのオープンワーク化と、後述するダブル テン輪機構の追加が施された。
2. ダブル バランス ホイール機構の発想
Cal. 3132の中核は、SIHH 2016で初公開された「ダブル バランス ホイール」(Double Balance Wheel)と称される特許機構にある。これは同一の天真軸上に、二つのテン輪と二本のヒゲゼンマイを上下に重ねて搭載するもので、両者は完全に同期して振動する設計とされる。
伝統的なテン輪は、その振動中にヒゲゼンマイが収縮・拡張を繰り返すことで、わずかに重心を軸からずらす性質を持つ。この偏心が天真と受石の摩擦を生み、姿勢差として精度に影響する。Cal. 3132では、二本のヒゲゼンマイを軸の上下に180度反転させて配置することで、両者が生む偏心力を相互に打ち消す思想が採られた。同時に、テン輪を二重化することで調速系全体の慣性モーメントを増大させ、衝撃や姿勢変化への抵抗力を高めることを狙う。
オーデマ ピゲ自身は、本機構によって従来比で約30パーセントのクロノメトリック性能向上を見込むと公表している。一方で、二つ目のテン輪を駆動するエネルギーが必要となるため、Cal. 3120の60時間に対し、Cal. 3132のパワーリザーブは45時間に減じている。設計上のトレードオフを明示する姿勢は、技術文書としても誠実なものといえる。
3. オープンワーク文化との接続
オーデマ ピゲはスケルトン技法を1930年代から手がけており、地板とブリッジから可能な限り素材を除去することで、機構を視覚的に開示する伝統を持つ。Cal. 3132は、新機構を単に内部に隠すのではなく、ロイヤル オーク 40周年記念モデルのRef. 15305 (Cal. 3120のオープンワーク版) で確立した開示の文法に乗せる形で世に出された。
二重のテン輪は、ダイヤル側からは6時から9時の位置で観察でき、ケースバック側からも別アングルで覗ける。この「両面から見える調速機構」という設計が、機構の物語性と視覚的訴求を結びつけている。
4. ロイヤル オーク内での位置
Cal. 3132は2016年の発表以降、41mmのRef. 15407 (スティール/ピンク ゴールド系)、Ref. 15412 (フロステッド ゴールド)、Ref. 15416 (セラミック) 等で展開され、37mmのRef. 15467系もあり、2024年には金無垢版が加わった。いずれも時・分・センター秒のシンプル機能に留まり、機構そのものを主役とする位置付けが一貫している。
ロイヤル オーク内の階層では、標準のセルフワインディング(Cal. 4302/7121系)と、トゥールビヨンやパーペチュアル カレンダーといった大複雑時計の中間に位置する。複雑機構を加えずに調速系のみで差異を主張する点で、オーデマ ピゲのエンジニアリング哲学を凝縮した一例である。