設計思想
創業270周年に届いたスチール
2025年は、ヴァシュロン・コンスタンタンが創業から270年を迎えた年である。1月、メゾンはアニバーサリーイヤーの開幕を飾る一本として、Historiques 222のステンレススチール版(Ref. 4200H/222A-B934)を発表した。2022年のWatches and Wondersで先行登場したイエローゴールドの復刻版(Ref. 4200H/222J-B935)から、約3年を経ての登場である。
ゴールド版の発表時から、コレクターの多くは「次はスチール」を期待していたと伝わる。1977年の初代222が最も多く市場に出回ったのはスチール仕様だったからだ。本機はその期待に応える形で、約半世紀ぶりに現行ラインへとスチールの222を戻している。
1977年の骨格と、現代の中身
原型である1977年の222は、当時若手デザイナーだったJorg Hysekの手によるものとされる。1972年のAudemars Piguet ロイヤルオーク、1976年のPatek Philippe ノーチラスに続く、高級スチールスポーツウォッチの系譜上で誕生した一本である。当時のスチール「ジャンボ」はケース厚わずか7mm、防水120m、ムーブメントはJaeger-LeCoultre Cal.920を基にしたCal.1120を搭載していた。
本機は、その骨格を可能な限り保ちつつ、内部を刷新している。ケース径は同じ37mmだが、厚みは7.95mmへとわずかに増した。これは自社製Cal.2455/2の搭載と、サファイアクリスタルのケースバックを採用したことによる。原型のモノブロック構造(ケース上方からムーブメントを組み込む方式)は、本機では伝統的な3ピース構造へと置き換えられている。一方で防水性能は120mから50mへと後退しており、この点はレビュアーの間でも議論を呼んだ。
Overseasの祖としての立ち位置
222はその後、1996年に登場するOverseasコレクションの母体となった経緯を持つ。現行Overseasのクッション型ケースとマルタ十字を象ったベゼルの原点が、この1977年の222である。
つまり本機の立ち位置は、現行Overseasとは別系統となる。Overseasがメゾン主力のスポーツラインとして毎年進化を重ねるのに対し、Historiquesに置かれた222は、原型への忠実さを優先する立場で並走する。ボトルキャップに例えられるノッチドベゼル、5時位置のマルタ十字、六角形リンクの一体型ブレスレット——これらは一貫して、1977年の意匠言語に依拠する。
意匠分析
ケースは37mmのトノー型「ジャンボ」サイズで、厚みは7.95mm。仕上げは多層的で、ベゼルにはサーキュラーサテン、ケース上面には縦目のサテン、側面には横目のサテンが施され、エッジに沿って細いポリッシュド・ベベルが走る。ベゼルそのものはノッチド(切子状)で、ボトルキャップに例えられる独特の輪郭を持つ。サテン仕上げのベゼル本体は、ポリッシュ仕上げの土台の上に乗る構造である。
5時位置のケースサイドには、メゾンの象徴であるマルタ十字が18Kイエローゴールドで嵌め込まれている。スチールケースとのコントラストが利き、ゴールド版で白金系(Pd150ホワイトゴールド)が用いられていた箇所と、素材を入れ替えた構成といえる。
ダイヤルはマット仕上げのブルーで、1977年当時のスチール222が採用していた青の系譜を継ぐ。12時位置には18Kホワイトゴールド製のマルタ十字エンブレムが置かれ、その下にブランドロゴが配される。バーインデックスとバトンハンドはいずれも18Kホワイトゴールドで、薄くスーパールミノバの帯が乗る。日中はオフホワイト、暗所ではライムグリーンに発光する処方で、トリチウム時代の発光色を意識したものと伝わる。3時位置のデイト窓は、2022年のゴールド版で導入された改修を踏襲し、ダイヤル外周のミニッツトラックを侵食しない位置まで内側にオフセットされた。
ブレスレットは一体型のステンレススチール製で、原型を踏襲する六角形のセンターリンクを持つ。可動部のピンが外側から見えないように設計が改められ、装着感は原型より柔軟であるとされる。クラスプは三枚刃のフォールディング式で、磨き上げられたバックル先端はマルタ十字の半身を象る。微調整機構は備えない。
ムーブメントは自社製のCal.2455/2。直径26.2mm、厚み3.6mm、194パーツ、27石、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブ約40時間。ジュネーブ・シール(Poinçon de Genève)の認定を受け、22K 3Nイエローゴールド製のローターには「222」が刻まれる。
系譜と歴史
本機は2025年1月、ヴァシュロン・コンスタンタン創業270周年のアニバーサリーイヤー開幕を告げる一本として発表された。発表のタイミングは同年4月のWatches and Wondersジュネーブ2025に先んじており、メゾン単独のリリースとして年初に世に出た形である。
販売は同年中に開始され、ヴァシュロン・コンスタンタン直営ブティック専売とされる。限定生産ではないものの、2025年中に製造された個体には270周年を記念する特別なアニバーサリー仕様の刻印が施されると伝わる。2026年以降の通常生産分には、この特別仕様は引き継がれないとされている。
本記事執筆時点(2026年5月)で、本機は現行モデルとしてカタログに掲載されている。発表からまだ1年あまりであり、仕様変更や派生Refの追加は確認されていない。同シリーズ内では、先行する2022年のイエローゴールド版(Ref. 4200H/222J-B935)と並列する関係にある。
このRefを巡る重要な前提として、Historiquesにおける「222」自体は2022年のWatches and Wondersで復活を果たしたという経緯がある。本機はその復活劇の第二章にあたり、1977年の初代222の主要バリアントだったスチール仕様を、約半世紀ぶりに現行ラインへ戻した一本でもある。