設計思想
1. ミルスペック・ダイバーの帰還
2021 年 5 月、Tudor はフランス海軍 ── 通称マリン・ナショナル ── との提携を再開すると発表した。両者の関係は 1950 年代に遡り、1956 年以降、Tudor のサブマリーナがフランス海軍の潜水部隊へ納入され続けてきた歴史を持つ。1980 年代までに供給は途絶えていたが、半世紀ぶりに復活したパートナーシップから生まれたのが、2021 年 11 月に発表された Pelagos FXD である。本機 25707B/22-0001 は、その翌 2022 年に生産された第二バッチにあたる。
「コラボレーション」と銘打たれるものの多くが意匠上の色変えや刻印に留まる現代において、FXD は実際に海軍の潜水部隊コマンド・ユベールの仕様要件に基づいて開発された軍用試作機を、ほぼそのまま民生に展開した稀少な事例である。固定ラグ、双方向リトログラードベゼル、ヘリウムバルブの省略、200 m 防水という独特の選択は、水深 100 m に満たない浅深度を 2 人 1 組で航行する戦闘潜水夫の作業特性から逆算された結果であり、汎用的なダイバーズウォッチの仕様から意図的に外れている。
2. リファレンス 9401 への眼差し
FXD のデザイン言語は、1970 年代に海軍へ納入された Tudor Submariner ref. 9401 を意識して構成されている。9401 が備えていたブルー文字盤、スノーフレーク針、スクエアインデックス、デイト無しのレイアウト ── これら 4 つの要素は本機に揃って受け継がれている。一方で固定ラグ、チタンケース、セラミックベゼル、自社製ムーブメントの採用は現代の解釈であり、本機は懐古ではなく、現代の軍用仕様として 9401 の系譜を再構築した位置に置かれる。
3. 「/22」という時間の刻印
リファレンス末尾の「/22」は、ケースバックに刻まれる「M.N.22」と対応する。これは 2022 年中に生産されたバッチであることを示し、1970 年代の Tudor 海軍納入機が「M.N.74」「M.N.76」のように納入年を刻んでいた慣例に倣ったものである。前年の /21 バッチは 2021 年 11 月から年末までの約 6 週間のみ生産されたため流通量は限定的であり、本機 /22 は実質的に同仕様を年間を通じて市場に届けた初年度バッチとなる。同一仕様の連続生産でありながらケースバックの刻印だけが毎年変わる ── この運用は、近代の Tudor では FXD ファミリーで初めて体系化された方式である。
4. プラットフォームの起点として
2023 年以降、FXD はマリン・ナショナル仕様を超えて拡張した。Alinghi Red Bull Racing 仕様のカーボンコンポジット製 M25707KN-0001、シリーズ初のクロノグラフ M25807KN-0001、米海軍 UDT を意識した黒文字盤の M25717N-0001、そして 2024 年末にはフランス海軍航空隊向けの GMT を備えた Pelagos FXD GMT Zulu Time が続いた。25707B/22-0001 は、こうした派生群が枝分かれする以前の、ミルスペック単体としての FXD を体現した一本である。
意匠分析
42 mm のチタンケースは、単一のブロックから一体削り出しで成形され、ラグの位置に固定ストラップバーが直接機械加工されている。スプリングバー方式を排したこの構造が「FXD」(FiXeD) の名の由来であり、ケースとストラップの接続部における破断リスクを構造的に取り除く。ケース厚は 12.75 mm、ラグ・トゥ・ラグは 52 mm、ラグ幅は 22 mm。標準ペラゴスの 14.2 mm から薄く仕上がっているのは、デイトとヘリウムエスケープバルブが共に省かれているためである。
ケース全面はサテン仕上げで統一され、ポリッシュ面を持たない。クラウンは Tudor のシールドをレリーフで刻んだチタン製のねじ込み式である。
ベゼルはチタン製で、ブルーセラミックインサートにサンドブラスト仕上げを施す。反射を抑え、低照度下での視認を妨げないための処理である。最大の特徴は、120 クリックの双方向回転式かつ 60 分の逆方向グラデュエーションを採る点にある。これはフランス海軍コマンド・ユベール部隊が実施する水中ナビゲーション ── 2 人 1 組で羅針盤と時計を用い、事前計画された各区間の所要時間をカウントダウンしながら泳破する戦術 ── に最適化された設計であり、経過時間の計測を前提とする ISO 6425:2018 規格には準拠しない。ノッチは通常のペラゴスより大きく刻まれ、ネオプレン製グローブ装着時の把持性を確保する。
ダイヤルはネイビーブルーで、標準ペラゴスより一段暗い色調が選ばれている。インデックスはペラゴス伝統のスクエア型、針は 1969 年に Tudor が導入したスノーフレーク型である。インデックスはダイヤル本体に直接配置されており、リハウト側へ移植する標準ペラゴスとは構成が異なる。結果としてダイヤル面はクリスタル直下まで情報が引き上げられ、平坦かつ近接的な印象を与える。デイト窓はなく、6 時位置にはテキスト 4 行のみが置かれる。
ケースバックのみステンレススチール製で、フランス海軍の徽章(錨に水兵帽を組み合わせた紋章)と「M.N.22」の刻印を備える。2022 年生産分の証である。同梱ストラップは St-Etienne の Julien Faure 社が 19 世紀のジャカード織機で織ったネイビーブルー地に灰糸の中央線を持つファブリック製で、面ファスナーで留める一体型構造をとる。加えて、Tudor 初のラバーストラップ(チタン製バックル)が同梱される。
系譜と歴史
Pelagos FXD は 2021 年 11 月に発表された。同年生産分はリファレンス末尾に「/21」が付され、ケースバックに「M.N.21」が刻印されている。発表から年末までのおよそ 6 週間という短期間の生産だったため、市場に出回った個体は限られた。
2022 年に入ると、生産は新たに「/22」を末尾に付した本リファレンス 25707B/22-0001 に切り替わる。ケースバックの刻印も「M.N.22」へと改められ、外観・機構は前年仕様から変更されていない。この年号刻印の更新は、1970 年代から 80 年代にかけてフランス海軍に納入された Tudor Submariner ref. 9401 等が、ケースバックに「M.N.74」「M.N.76」のように納入年を刻んでいた慣例に倣ったものである。年ごとに刻印を変える運用が公式に体系化されたのは、近代の Tudor では本ファミリーが初である。
本リファレンスは 2022 年 1 月から 12 月までの 1 年間にわたり生産された。続いて 2023 年生産分は「/23」、2024 年生産分は「/24」として継承されており、2026 年現在は「/26」(ケースバック刻印「M.N.26」) が公式カタログに掲載されている。本機は連続する年次バッチの中で 2022 年を担う一本に位置づけられる。
並行して、Pelagos FXD プラットフォーム自体も拡張を続けている。2023 年夏には Alinghi Red Bull Racing とのコラボレーションによりカーボンコンポジット製の M25707KN-0001 と、シリーズ初のクロノグラフ M25807KN-0001 が登場し、同年 9 月には米海軍 UDT 由来のユニディレクショナルベゼルと黒文字盤を備えた M25717N-0001 が発表された。さらに 2024 年末には GMT 機構を備えた Pelagos FXD GMT Zulu Time が、フランス海軍航空隊 (Aéronautique Navale) 向けの仕様で投入されている。