設計思想
16年ぶりに戻った鋼のジャンボ
ジェラルド・ジェンタの設計による初代ノーチラスRef. 3700は、1990年頃にカタログから姿を消した。以後、径42mmの「ジャンボ」サイズはホワイトゴールド製のRef. 3711/1G(2004年)で一度だけ復活したものの、本来の姿であるステンレススチールのジャンボは長く空席のままだった。2006年10月、パテック フィリップはノーチラス誕生30周年に合わせてコレクションを全面刷新し、3針デイトの5711/1A、ムーンフェイズの5712/1A、クロノグラフの5980/1Aを同時に発表する。その中核に据えられたのが、鋼のジャンボを16年ぶりに正規ラインへ戻した5711/1Aだった。-001はその最初の実行であり、5711の物語はここから始まる。
「最初の実行」が背負った移行期
発表当初の-001には、薄型自動巻のCal.315 SCが搭載された。新世代のCal.324 S Cが発表に間に合わなかったための暫定措置と伝わるが、ブランドからの公式な説明はない。2008年中頃とされる時期に324 S Cへ静かに切り替えられ、毎時21,600振動から28,800振動 (4Hz) へと心臓部が更新された。いずれの個体もムーブメントにジュネーブ・シールを刻む点が、-001を特徴づける最大の要素である。2009年4月のバーゼルワールドでパテック フィリップは独自基準「パテック フィリップ・シール」への移行を発表し、ジュネーブ・シールを刻む324 S C搭載個体は、わずか数年の移行期にのみ存在する仕様となった。
-010への交代と、起点としての-001
シール移行に伴い、文字盤の色調や表記を改めた5711/1A-010が登場し、-001はその役目を譲る。後継の-010は2021年の生産終了まで作られ、現代スポーツウォッチの象徴として語られる存在になった。その熱狂の出発点に立つのが-001である。3700の設計言語を保ちながらケース構造とムーブメントを刷新するという5711の方法論は、このリファレンスで確立された。シリーズ後年の派生(白文字盤の5711/1A-011、ローズゴールドの5711/1R-001等)も、-001が定めた骨格の上に展開されている。
意匠分析
-001の設計でまず注目すべきは、ケース構造の刷新である。初代3700が2ピースのモノコック構造だったのに対し、5711はベゼル・ミドルケース・裏蓋からなる3ピース構造を採用し、サファイアクリスタルのシースルーバックとねじ込み式リューズを備えた。公式資料によれば横幅は43mmで、3700より1mm拡大されている。これは大型化の流行に乗ったものではなく、側面のヒンジ状の「耳」の輪郭を丸く仕立て直した結果だと説明された。厚さ8.3mmの薄型プロポーションと120m防水は維持され、サテンとポリッシュを切り分けた仕上げがベゼルの八角形を際立たせる。
文字盤はブルーブラックのグラデーションに水平の型押し溝を刻む構成で、後継-010よりも黒みが強い色調が識別点とされる。「Genève」表記の位置が低い初期刷りや、溝幅の狭い2009年頃の刷りなど、生産期間中に複数のバリエーションが確認されている。ゴールド製の植字バーインデックスと夜光入りスティック針に加え、3700にはなかったセンターセコンドと3時位置のデイト表示を備える点が、5711世代の機能的な進化である。
ブレスレットは25コマ構成で、コマをビスで留める初期方式を用いる。リベット式への変更は-010時代の2012年頃とされるため、ビス留めブレスは-001を見分ける手がかりの一つになる。ムーブメントは初期がCal.315 SC(平ヒゲゼンマイ、48時間パワーリザーブ)、後期がCal.324 S C(シリコン素材のSpiromaxヒゲゼンマイ、45時間)で、いずれもジャイロマックステンプと21Kゴールドのセンターローターを共有する。
系譜と歴史
5711/1A-001は2006年10月、ノーチラス誕生30周年を記念するコレクション刷新の中で発表された。公式プレスリリースには新しい旗艦としてのRef. 5711/1Aが明記され、当初の搭載ムーブメントはCal.315 SCだった。2008年中頃、ムーブメントはCal.324 S Cへ非公表のまま切り替えられたとされる。この時期の個体は324 S Cにジュネーブ・シールを刻む稀少な移行期仕様であり、2008年から2010年頃に販売された個体に限られると伝わる。2009年4月のバーゼルワールドでパテック フィリップ・シールの導入が発表されると、新シールを刻む5711/1A-010が登場し、-001は段階的に置き換えられていく。移行の正確な時期は資料により幅があり、WatchBaseは-001の生産期間を2006年から2013年までと記録する一方、-010の登場を2009年から2010年頃とする調査もある。納品書ベースでは生産年と販売年がずれる例も多く、移行期の重複が示唆される。後継-010はその後2021年まで生産され、5711系の終幕は2021年の限定的な5711/1A-014で迎えられた。-001自体に限定仕様や地域限定モデルは存在しない。