設計思想
2016年、青き文字盤の波と「Dive into Time」
2016年、腕時計業界は青い文字盤の波に覆われた。ロレックスがディープシーD-Blueを世に問い、オメガがブルーのSeamasterを並べる中、パネライも同年5月、「Dive into Time」と銘打ったブティック向けイベントを開催し、サンレイ仕上げの青文字盤を備えた一連の特別仕様をブティック限定で展開した。後にPAM00659(Radiomir 1940 10 Days GMT Oro Rosso)、PAM00688・PAM00689(Luminor 1950 GMT)、PAM00690(Radiomir 1940 3 Days)として知られる四本のブルー・ボーティック・スペシャルが代表格となるが、その流れの傍に静かに置かれていたのが本稿の主役、PAM00717である。
PAM00560からの組み替え
PAM00717は無から生まれたRefではない。設計上の出発点は、2014年にラインナップへ加わったPAM00560 — 44mmのスチール・クッションケースに自社製P.5000ムーブメントを収めた、Luminorファミリーの基盤的モデルである。パネライは2000年代を通じてETA系の調達ムーブメントに依拠していたが、2010年代前半から自社製キャリバーへの全面的移行を進めており、PAM00560はその新世代Luminorのうち、もっとも素直なエントリー・コンフィギュレーションを担う一台であった。PAM00717は、このPAM00560を骨格として継承しながら、ケース素材を18Kピンクゴールドへ、文字盤を黒のサンドイッチ・ダイヤルから青のサンレイ・サンドイッチへと組み替えた、いわばOro Rosso版の青文字盤と読める。
50本という密度
PAM00717の生産本数は50本に限定された。これはパネライにおけるBoutique Edition(BE)の中でも小規模の部類に入る。同年に並走したブルー・ボーティック・スペシャル四部作が各々数百本規模で展開されたのに対し、本機は明確に密度の高い限定数として設定された。流通はパネライ・ブティック網に限定され、正規代理店経由では取り扱われなかったと伝わる。50本という数字は、ブランドが特定の少数顧客層へ静かに供する性格のリリースであったことを示している。
Luminor系譜における立ち位置
Luminorファミリーにおいて、ピンクゴールド × 8日間パワーリザーブ × P.5000という組合せは新しいものではない。2014年のPAM00511(Luminor Marina 44 8 Days Red Gold / Brown)が、既にスモールセコンド付きのMarina文字盤・茶色の文字盤で展開されていた。PAM00717はその対として、スモールセコンドを持たない二針構成のBase文字盤と、サンレイ・ブルーの組合せを選んだ稀少編に位置付けられる。Marina系統が秒の運動を視覚化する装置であるのに対し、Base文字盤を選んだ本機は、八日間という長尺の時の流れを、針二本の静かな運動のうちにまとめている。
意匠分析
クッションケースとOro Rosso
PAM00717のケースは、Luminorファミリーの伝統的なクッション型を踏襲する。直径44mm、厚さ13.5mmという数値そのものはLuminorとして標準的な領域にあるが、これを18Kピンクゴールド(Oro Rosso)で削り出した点が本機の核となる選択である。ベゼルは緩やかな傾斜を持つフラットな仕立てで、ダイバーズ用の回転機構は持たない「Base」型 — 1940年代後半に開発された初代Luminorの面影を強く残す形状である。リューズ右側に張り出す特許のクラウン・プロテクター・ブリッジは、ケースと同じピンクゴールドで一体的に仕上げられ、レバーを倒してリューズを押し付け、300m防水を確保する機構もそのまま受け継がれている。
サンドイッチ構造のサンレイ・ブルー
文字盤は、パネライが歴史的に用いてきたサンドイッチ構造を踏襲する。下層の盤面に夜光材を塗布し、その上にアラビア数字とインデックスをくり抜いた上層プレートを重ねる二層方式である。上層プレートにはサンレイ(放射状)の仕上げが施され、青の濃淡が中心から外周へ向かって滑らかに移ろう。夜光材にはエクリュ系(クリーム色)のスーパールミノヴァが選ばれており、白色ではなく温かみのある古色調のため、ピンクゴールド・ケースとの色彩的な連続性が保たれている。
二針構成という選択
針は太いバトン型のスティック針で、ピンクゴールドと同色のメッキで仕上げられる。スモールセコンドを持たない二針構成のため、文字盤は中央のみで時刻を表現し、視覚的な情報量は極端に少ない。Luminorファミリーの中でも、Marina(9時位置のスモールセコンド付き)と並んで二大配置の一方を成すBase文字盤は、本来の軍用Luminorの素朴な構成に最も近い系譜であり、PAM00717の宝飾的な素材と相まって、装飾と原始性が同居する独特の佇まいを生む。
開けた裏蓋とP.5000
裏蓋はサファイアの開放型で、自社製ハンドワインド・キャリバーP.5000が観察できる。同キャリバーは15¾ラインの直径を持ち、二つの香箱を歯車で直列に連結することで192時間 — 8日間のパワーリザーブを実現している。可変慣性テンプを採用し、テンプ外周のねじで慣性を直接調整するフリースプラング方式となっている。
系譜と歴史
PAM00717は、2016年にパネライが発表したLuminor 8 Days Blueのリファレンスである。同年5月、パネライがブティック向けに開催したコレクション・イベント「Dive into Time」にて、サンレイ・ブルー文字盤を備えた一連のブティック限定モデルの一つとして披露されたと伝わる。同じ青文字盤の文脈で、SJXやWatch Collecting Lifestyle等の専門メディアが「ブルー・ボーティック・スペシャル四部作」として記録するPAM00659・PAM00688・PAM00689・PAM00690と前後して市場に登場したが、PAM00717はそれらとは別系統 — Luminor 1950ケースおよびGMT機構を持たない、Luminorケース+P.5000+二針構成のBase文字盤 — に属する50本限定の小さな枝として独立していた。生産年は2016年のみで、パネライの内部生産年コードでは「S」(2016)に該当する。流通はパネライ・ブティック・ネットワークに限定され、正規代理店経由では扱われなかったと言われる。同年内に50本の生産が完結し、以降の追加生産は行われていない。Watchlounge.comのリファレンス・データベースによれば、ケース・ナンバーは6942、シリアルIDは「BB」から始まる個体群として記録される。発表年以降、パネライは本機に直接の後継Refを設けておらず、青文字盤+ピンクゴールド+P.5000という組合せは、その後のブランドにおいては別系統で散発的に再訪されるに留まる。現行カタログには既に存在せず、現在は二次流通でのみ確認できるRefである。