設計思想
通算25回目の計時、その記念の年に
2012年のロンドン大会は、オメガにとって幾重にも節目の年だった。1932年のロサンゼルス大会で全競技の公式計時を初めて一手に担ってから80周年にあたり、ロンドンは通算25回目のオリンピック公式計時となる。大会ごとに記念モデルを発表してきたオメガは、この年に向けて「シーマスター」だけで構成した特別コレクションを用意した。内訳は、44mmのアクアテラ コーアクシャル クロノグラフが2仕様、34mmのアクアテラ コーアクシャルが2仕様、そして1,948本限定のシーマスター1948(Ref. 522.23.39.20.02.001)である。522.10.34.20.03.001は、このうち最小径となる34mmのステンレススチール仕様にあたる。
1948年のロンドンと結ぶ意匠
コレクション全体を貫く主題は、前回のロンドン開催だった1948年大会への参照である。1948年はシーマスターというコレクションが誕生した年でもあり、オメガは公式説明で「1948年と2012年、ふたつのロンドン大会を結ぶ」一本と位置づけた。記念コレクションがすべてシーマスター系で固められたのは、この符合を踏まえた選択だ。34mm版の土台となったのは、当時展開されていた小径のアクアテラである。搭載されるCal.8520は、2010年のレディマティック刷新に合わせて投入されたとされる小径コーアクシャルキャリバーで、シリコン製ヒゲゼンマイを小型ムーブメントにまで展開するという、当時のオメガの技術方針を体現していた。五輪記念モデルでありながら、中身は通常コレクションと同じ最新世代の機械を積む。記念品ではなく実用時計として成立させる構えが、ここに読み取れる。
「リミテッドエディション」の実像
オメガは公式説明で本機を「リミテッドエディション」と呼ぶが、シーマスター1948のような生産本数の明示はなく、個体番号も刻まれない。実態としては、大会前後の期間に生産・販売された非限定の記念仕様と理解するのが妥当で、WatchBaseも本機を非限定として登録している。アクアテラが五輪の題材となるのは初めてではない。トリノ2006大会では2,006本限定のアクアテラ コラムホイール クロノグラフが作られており、ロンドン以降も平昌2018、東京2020と、アクアテラを土台とする記念モデルの系譜は続いた。本機はその流れの中で、数を絞らず意匠の改変も最小限に抑えた、最も静かな部類の五輪記念アクアテラとして位置づけられる。
意匠分析
ケースはポリッシュとブラシ仕上げを使い分けた34mmのステンレススチール製で、公式値でラグ・トゥ・ラグは40.0mm、ラグ幅は16mmと、手首上の専有面積は小さい。リューズはねじ込み式で、アクアテラの基準である150m防水を確保する。
文字盤はブルーのPVD仕上げに、ヨットのチーク材デッキを思わせる縦縞の「チークコンセプト」パターンを刻む。この縦縞は2000年代後半からアクアテラの意匠的な記号となっていたもので、本機ではコレクション共通色のブルーと組み合わされた。アプライドインデックスと針は18Kゴールド製とされ、ホワイトのスーパールミノヴァが施される。日付窓は3時位置で、これは当時のアクアテラの標準配置である(現行の34mm世代では6時位置に移っている)。風防は両面無反射コーティングのドーム型サファイアクリスタルを用いる。
記念モデルとしての固有性は裏蓋に集約される。クローズドのスクリューバックにロンドン2012大会エンブレムのメダリオンが刻印され、文字盤側には五輪を示す要素を置かない。大会ロゴを表に載せる記念時計が少なくない中、表側の顔を通常のアクアテラと変えない判断は抑制的で、大会後も日常で使い続けることを前提とした設計と読める。
ムーブメントのCal.8520は、部品間の摺動摩擦を減らすコーアクシャル脱進機と、耐磁性・耐衝撃性に優れるSi14シリコン製ヒゲゼンマイを備える自動巻きで、毎時25,200振動(3.5Hz)、パワーリザーブ50時間、COSCクロノメーター認定を受ける。METAS認定のマスター クロノメーター制度(2015年導入)より前の世代にあたる。姉妹機の522.23.34.20.03.001はベゼルとリューズを18Kイエローゴールドとし、ブルーレザーストラップを合わせた2トーン仕様である。本機はブレスレットまでステンレススチールで統一し、コレクション中で最も日常使いに近い佇まいを担った。
系譜と歴史
オメガのロンドン2012記念モデル展開は、開幕のちょうど1年前にあたる2011年7月27日、1,948本限定のシーマスター1948の発表に始まる。アクアテラの記念モデル2種4仕様はこれに続いて公開され、専門誌の紹介記事は大会開催年である2012年前半に集中している。月単位の正確な発表時期は公式資料で整理されていない。発表時の米国価格は、本機のステンレススチール仕様が5,700ドル、イエローゴールドとのコンビ仕様(522.23.34.20.03.001)が7,000ドルと報じられた。
2012年7月27日から8月12日にかけてロンドン大会が開催され、オメガは通算25回目の公式計時を務めた。本機は大会前後の期間に販売され、生産期間中の文字盤や仕様の変更は知られていない。個体に限定番号は刻まれず、総生産本数も公表されていない。2012年付の保証書を持つ個体が中古市場で確認されており、大会の年を通じて販売されたことがうかがえる。
生産終了の時期は公式に発表されていないが、現在はオメガ公式サイトで販売終了モデルとして掲載されている。アクアテラを土台とする五輪記念モデルはその後も続き、平昌2018では2,018本限定、東京2020では2,020本限定の仕様が登場した。本機はそうした番号付き限定とは異なる、非限定の記念仕様という立ち位置のまま生涯を終えている。