設計思想
バーゼルワールド2013と「現場との共同開発」
ラスムス2000は2013年4月、バーゼルワールドで発表された。ミューレ・グラスヒュッテには、時計を使う専門家集団と組んで製品を開発する伝統がある。ドイツ海難救助隊の要望から生まれたS.A.R.レスキュータイマーがその代表であり、同じ2013年のバーゼルワールドではドイツ海軍の海兵大隊と開発したゼーバタイヨンGMTも発表されている。ラスムス2000のパートナーは、ロストック大学の研究潜水士たちであった。同大学はドイツにおける研究潜水士養成の拠点であり、海洋生物学者や水中考古学者の卵たちが、バルト海の冷たく濁った海から熱帯のサンゴ礁まで、多様な環境で訓練を行う。彼らが実際にこの時計を訓練で使用し、その経験を開発側へ還元する体制が敷かれた。
初代ラスムスからの継承と倍増
ラスムスの名は、船乗りの守護聖人である聖エラスムス(ラスムス)に由来する。この名を持つダイバーズは初代が先行しており、2000年代半ばには販売されていたことが確認できる。初代はETA2824をベースに1000m防水を確保したモデルだったと伝わる。ラスムス2000はその後継として防水値を2000mへと倍増させ、ベースムーブメントをセリタSW200-1のミューレ版へ切り替えた。ベゼルにはDIN規格に沿った全周のミニッツ目盛りを与え、80,000A/mの耐磁性能も併せ持つ。単なる数値の更新ではなく、規格適合と実務性を軸に設計をやり直した世代交代であった。
ラインナップのなかのM1-28-82-MB
発表時のラスムス2000は、ブルー(M1-28-82)、ブラック(M1-28-83)、オレンジイエロー(M1-28-87)の3色の文字盤に、ラバーストラップ(KB)とステンレスブレスレット(MB)の2種の装着仕様を組み合わせた構成だった。M1-28-82-MBはそのうちブルー×ブレスの組み合わせであり、青と赤に塗り分けられたベゼルとともに、バルト海を出自とするこの時計の海洋的な性格をもっとも素直に表す仕様といえる。堅牢なブレスは飽和潜水級の防水値を掲げる本機の工具的な存在感を支えている。
静かな退場
ラスムス2000は2010年代を通じて販売されたが、その後ブランドの公式コレクションからは姿を消した。生産終了の時期は公式には明示されていない。現在のミューレのダイバーズはS.A.R.系やゼーバタイヨンGMT、ProMareなどが担っており、2000m防水という同社現代史で突出した防水値を掲げた系譜に、直接の後継は存在しない。
意匠分析
ケースはブラッシュ仕上げのステンレススチール製で、公式表記の径45mm、厚さ17.5mmという量感を持つ。厚みの多くは200barの水圧に耐えるための構造と、ドーム状に成形された3.5mm厚のサファイアクリスタルが占める。裏蓋側へ絞り込まれたケース形状が、数値の印象よりも装着時の収まりを良くしている。リューズはガード付きで4時位置に置かれる。ミューレの航海計器系に共通する配置で、手首の可動域を妨げにくく、水中作業時の利点とされる。ケース内部には軟鉄系の磁気防護が組み込まれ、耐磁性能は80,000A/mに達する。一般的な耐磁時計規格の要求値を大きく上回る数字である。
逆回転防止ベゼルには、5分刻みではなく全周にミニッツ目盛りが刻まれる。DIN規格のダイバーズウォッチの考え方に沿った処理で、潜水開始位置を示す夜光ドットとともに、残り潜水時間の読み取りを支える。本機のベゼルインサートは青と赤の2色に塗り分けられ、ブルーサンレイ文字盤との組み合わせがこのリファレンスの視覚的な核となる。文字盤には大型のアラビア数字とバー型インデックスが併用され、針・数字・インデックスのすべてにスーパールミノバが厚く塗布される。日付表示はリューズと同じ4時位置に収まり、ダイヤルの対称性を崩しにくい。
ムーブメントはセリタSW200-1をベースとするミューレ版である。同社特許のスペヒトハルス緩急針(キツツキの首を思わせる形状のバネで緩急針を押さえ、耐衝撃性と微調整性を高める機構)、自社設計のローター、独自の表面仕上げが加えられる。毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは38時間。ベースキャリバーの素性を隠さず公表する姿勢も含め、信頼性の確立した汎用機を磨いて使うという設計判断である。MB仕様のブレスレットはセーフティ付きフォールディングクラスプとダイバーエクステンションを備え、バネ棒ではなくネジ留め式のブリッジでケースに固定される。工具としての確実性を細部まで貫いた構成といえる。
系譜と歴史
ラスムス2000は2013年4月、バーゼルワールドで発表された。発表時のラインナップはブルー(M1-28-82)、ブラック(M1-28-83)、オレンジイエロー(M1-28-87)の3種の文字盤で、それぞれにラバーストラップ仕様(KB)とステンレスブレスレット仕様(MB)が用意された。本稿のM1-28-82-MBは、この初期構成に含まれるブルー×ブレスの仕様である。なお、発表当初の資料にはケース径44mmの表記が見られる一方、後年の公式スペックでは45mmとされており、表記には揺れがある。
2014年にはドイツの専門誌が、M1-28-87-500-KBという参照番号を持つイエロー文字盤仕様を比較テストで取り上げており、派生的なリファレンスが存在したことがうかがえるが、その位置づけの詳細は公式資料からは確認できない。ラスムス2000は2010年代を通じて正規販売店で取り扱われ、オレンジイエロー仕様は比較的早期に完売・終売となったと伝わる。
その後、ラスムス2000はミューレ・グラスヒュッテの公式コレクションから姿を消した。生産終了の年は公式に発表されておらず、2020年代に入る頃には現行カタログに掲載されていない。2000m防水を直接受け継ぐ後継リファレンスは登場しておらず、M1-28-82-MBを含むラスムス2000系は、現在は販売店在庫と二次流通でのみ見られるモデルとなっている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Mühle-Glashütte
- 02 専門メディア Sellita Caliber SW200-1