設計思想
研究ダイバーという開発パートナー
ミューレ・グラスヒュッテは「ナウティッシェ・インストルメンテ(航海計器)」を社名に掲げ、舶用クロノメーターや航海機器の製造から再出発したメーカーである。2002年のS.A.R.レスキュータイマー以降、ドイツ海難救助隊や海軍といった実務部隊と共同で時計を開発する手法が同社の柱となった。ラスムス2000もこの系譜に連なる。開発パートナーはロストック大学の研究ダイバーたちで、同地の欧州科学ダイバーセンターは海洋考古学者や海洋生物学者を目指す学生の潜水訓練を統括する機関である。バルト海の冷たく濁った海から熱帯のサンゴ礁まで、職業として潜る人々の使用環境を想定し、視認性と耐圧性を最優先に設計された。完成後も訓練の現場で実際に使用され、その経験がフィードバックされる体制が敷かれた点に、カタログ上の協業に留まらない実質がある。
ラスムス1000からの世代交代
ラスムスの名は、船乗りの守護聖人に由来するとされる。初代ラスムスは2000年代後半に登場したとされる1000m防水のダイバーズで、44mmのスチールケースにETAベースのムーブメントを収めていた。2013年のラスムス2000は、この防水値を一気に2倍へ引き上げた世代交代機である。ムーブメントもセリタSW 200-1のミューレ仕様へ移行し、同社特許のスペヒトハルス緩急調整と自社ローターを組み込んだ。耐衝撃性に優れるこの調整機構は、実用時計を標榜する同社の技術的な署名であり、研究ダイバーの道具という位置づけと響き合う選択だった。
ミューレのダイバーズ系譜における位置
M1-28-82-KBは、発表時に用意された黒・青・オレンジの3色展開のうち青文字盤をラバーストラップで仕立てた仕様である。兄弟機にはブレスレット仕様のM1-28-82-MB、黒文字盤のM1-28-83系、オレンジ文字盤のM1-28-87系が並んだ。2000mという防水値は当時のミューレ製品で最も高く、S.A.R.レスキュータイマーが象徴する救助の時計に対し、ラスムス2000は深度そのものに向き合う科学潜水の時計として位置づけられた。同じケースファミリーからは2015年、ドイツ海軍海兵大隊向けのゼーバタイヨンGMT(M1-28-62-KB)が派生しており、本機はその橋渡し役も担ったと言える。
意匠分析
直径44mm、厚さ17.5mmのステンレススチールケースは、200気圧の水圧に耐えるための量感をそのまま外形に表している。先代ラスムスの厚さ約16.9mmからさらに増した厚みは、防水値倍増の代償であると同時に、道具としての説得力でもある。ケースは裏蓋・リューズに加えてバネ棒まで止めネジ式とされ、80,000A/mまでの耐磁構造を備える。リューズは4時位置に置かれ、ねじ込み式で保護される。手首の可動域を妨げないこの配置は、ミューレの航海系時計に共通する意匠であり、水中作業を想定した本機では実利が大きい。
ベゼルは逆回転防止式で、DIN規格に沿って60分の目盛りを全周に刻む。残り潜水時間を読み違えないための仕様であり、潜水開始点を示す夜光マーカーを備える。風防は厚さ3.5mmのドーム型サファイアクリスタルで、反射防止処理が施される。
M1-28-82-KB固有の顔となるのがブルーのサンバースト文字盤である。放射状の研磨が水中の乏しい光を拾い、夜光処理されたインデックスとソード型の針が時刻を太く示す。日付表示は4時位置のリューズ側に寄せられ、ダイヤルの対称性を大きく崩さない。ブラックラバーストラップはダイバーズエクステンション付きのフォールディングクラスプで留まり、スーツの上からの装着にも対応する。ミューレ仕様のSW 200-1は毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブ38時間。スペヒトハルス緩急調整、自社ローター、青焼きネジやペルラージュといった仕上げが、裏蓋の内側で道具と工芸の均衡を保っている。
系譜と歴史
ラスムス2000は2013年4月のバーゼルワールドで発表された。発表時点で文字盤は黒・青・オレンジの3色が用意され、それぞれにラバーストラップ仕様とステンレスブレスレット仕様が設定された。本稿のM1-28-82-KBは青文字盤・ラバーストラップの組み合わせにあたる。WatchBaseも本リファレンスの生産開始を2013年と記録している。開発に協力したロストック大学の研究ダイバーは発売後も訓練で本機を使用し、使用経験をメーカーへ報告する体制が公式に告知された。発表翌年の2014年初頭には米国の専門メディアが実機レビューを掲載しており、欧州外の主要市場にも早期に供給されていたことが確認できる。生産期間中に文字盤やベゼルの仕様変更が行われた記録は確認できず、限定版の追加も伝わっていない。ドイツの正規販売網では2019年7月時点の希望小売価格が記録されており、少なくとも同時期まではカタログモデルとして流通していたことがわかる。その後、ラスムス2000はミューレ・グラスヒュッテの公式コレクションから外れ、現在は生産を終了している。終了時期についての公式発表は確認できない。現行のダイバーズ・ツールウォッチの役割は、S.A.R.レスキュータイマー系とゼーバタイヨンGMT、300m防水のプロマーレ系に引き継がれている。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Mühle-Glashütte
- 02 専門メディア Sellita Caliber SW200-1