1907年、「ナイフ」と呼ばれた機構
ものごとの始まりは、1903年のひとつの挑戦にさかのぼる。フランス海軍にクロノメーターを納めていた時計師エドモン・ジャガーは、極端に薄い機構を量産できないかとスイスの時計師たちに問いかけた。これに応じたのが、アントワーヌ・ルクルトの孫にあたるヴァレ・ド・ジュウのジャック=ダヴィッド・ルクルトであり、両者の協業は1937年にJaeger-LeCoultreという社名へ結実する。
その成果が、1907年のキャリバー145である。厚さは1.38mmとされ、これを積んだ懐中時計は今も最薄の懐中時計の記録を保つとされる。薄く鋭い縁を持つケースから「クトー」(フランス語で「ナイフ」)と呼ばれた1907年の懐中時計も、この薄型の系譜に連なる。Master Ultra Thinというコレクションは、この一本の機構が残した記憶の上に立っている。