設計思想
1. ブランド復興25周年の節目に
本機が発表されたのは2019年10月24日、ザクセン州ドレスデンにおいてである。この日は偶然ではない。1990年にヴァルター・ランゲらが復興させた A.ランゲ&ゾーネが、最初のコレクションを披露したのが1994年10月24日であり、Ref.363.179 はその日からちょうど25年後に世に送り出された。
それまでのA.ランゲ&ゾーネは、金とプラチナのみを用いる伝統的な高級ドレスウォッチの作り手であった。ステンレススチール製の量産モデルは存在せず、特別な目的で制作された極少数の例外を除けば、ランゲがステンレスを纏うことはなかった。本機は、そのブランド史の中で初めて量産されるステンレス製モデルであり、同時にブランド初の本格的な防水(12気圧)を備える腕時計でもある。
2. 「3度目の正直」と4年の集中開発
製品開発ディレクターのアンソニー・ド・ハース(Anthony de Haas)の証言によれば、オデッセウスの構想は2013年頃に始まり、デザインの試作は3度のやり直しを経たと伝わる。ブレスレットだけで20以上のプロトタイプが作られたという。実装に至るまでに4年の集中開発が費やされ、ようやく2019年の発表に至った。
ラグジュアリー・スポーツウォッチという領域は、過去半世紀にわたりパテック フィリップ ノーチラスやオーデマ ピゲ ロイヤルオーク等のスイス勢が支配してきた地形である。A.ランゲ&ゾーネはそこに、八角形でも楕円でもない独自の意匠で参入した。本機は、長く慎重に避けられてきた領域への、満を持しての回答である。
3. オデッセウス・ファミリーの起点として
本機の発表後、ファミリーは段階的に拡張された。2020年4月にはホワイトゴールド・グレーダイヤルにラバー/レザーストラップを組み合わせた363.068が追加され、2022年にはチタン製の限定モデル(250本)、2023年にはクロノグラフ(限定100本、新キャリバー L156.1 搭載)、2025年にはハニーゴールド製が加わった。
そうした展開の中で本機は、オデッセウス・コレクションの「原点」かつ唯一のステンレス・ブレス仕様としての位置を保ち続けている。
意匠分析
ケースは直径40.5mm、厚さ11.1mmのステンレススチール製で、サテンとポリッシュを組み合わせて仕上げられる。文字盤面積を最大化するために細いベゼルが採用され、ケース全体のプロポーションは見た目以上に薄く整えられている。リューズはねじ込み式で、防水は120m(12気圧)に達する。
本機を最も特徴づけるのは、リューズ両脇の「リューズガードを兼ねた2つのプッシャー」である。2時側で日付、4時側で曜日をクイック修正する独立した機構であり、リューズで個別に合わせる必要がない。意匠的にはケースの一部として滑らかに統合され、機能的にはランゲ自慢のアウトサイズデイトの操作性を一段引き上げている。
文字盤は真鍮製のダークブルー仕上げで、3層構造をとる。中央のグレイン仕上げ、その外周にアジュラージュ模様を刻んだ時分インデックス・チャプターリング、12時位置に控えめに刷られた赤の「60」が小さなアクセントとなる。3時位置のアウトサイズデイトと9時位置の大型曜日窓は同寸法で対称に配置され、ランゲ家伝統の意匠を視覚的に均衡させた点が本機の文字盤構成の核である。インデックスとランセット型の時針・分針はホワイトゴールド製で、夜光が充填される。
ブレスレットは一体型のステンレス製で、5列のリンク構造をとる。コマごとにサテンとポリッシュを交互に配し、ケースのフィニッシュ言語をそのまま延長する。フォールディングクラスプには工具不要のマイクロアジャスト機構が内蔵され、装着中も微細な長さ調整ができる。
ムーブメントには、本コレクションのために新規開発された自動巻きキャリバー L155.1「DATOMATIC」が搭載される。直径32.9mm・厚さ6.2mm、312部品・31石、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは50時間。中央配置の単方向巻き上げローターはプラチナ製の偏重マスを備え、伝統的なテンプ受けに代えて両持ち支持の「テンプ・ブリッジ」がテンプを保持する。スポーツウォッチとして耐衝撃性を優先した選択である。そのブリッジには、オデッセウスの名と響き合う波模様の手彫りが施される。グラスヒュッテ縞や面取り、ゴールド・シャトンといったランゲ家伝統の手仕上げと併せて、サファイアクリスタルのシースルーバックから観察できる。
系譜と歴史
本機は2019年10月24日、ドイツ・ドレスデンで開催されたランゲ独自の発表イベントで初公開された。同日はA.ランゲ&ゾーネ復興後の最初のコレクション披露(1994年10月24日)からちょうど25年の節目にあたる。発表当初の希望小売価格は欧州で28,000ユーロ、米国で28,800米ドルとされた。
オデッセウス・ファミリーは、本機を起点としてその後段階的に拡張されていく。2020年4月、Watches & Wonders 2020(コロナ禍によるバーチャル形式)でホワイトゴールド・グレーダイヤル仕様の363.068が追加され、ラバーとレザーのストラップ展開が用意された。2022年にはチタンケース・アイスブルーダイヤルのモデルが250本限定で登場した。2023年のWatches & Wonders では、クロノグラフモデルがブランド初の自動巻きクロノグラフ機構 L156.1 を搭載する形で発表され、限定100本で投入された。2025年のWatches & Wonders では、ハニーゴールド・ブラウンダイヤルの仕様が追加されている。
本機自体は、これら派生の登場後も継続して生産される現行モデルである。2026年5月時点では、ランゲブティック専売として供給されており、流通はブランド直営網に限定されている。