設計思想
1. ランゲとヴェンペ、四半世紀の同行
1990年に再興されたA. Lange & Söhneが、最初の新作コレクションをドレスデンで披露したのは1994年10月24日とされる。この発表会に招かれた小売店の一つが、ハンブルクに本拠を置く老舗宝飾商ヴェンペ(Wempe)であった。当主ヘルムート・ヴェンペは、その場でランゲ側が供給できる以上の本数を発注したと伝わる。本Refが記念するのは、この日を起点とする25年の協業である。
両社の関係はそれ以前にも存在した。1930年代、ヴェンペはハンブルクで旧ランゲの懐中時計を取り扱い、マリンクロノメーター分野での協力も行ったとされる。創業者の孫オットー・ランゲと、ヴェンペ家2代目のヘルベルト・ヴェンペが、グラスヒュッテ天文台にかかわる活動で手を組んだとも伝わる。1948年の旧東独政府による収用でランゲの社名が消えた後も、両家の縁は記憶として残り、1990年代の復活時に「再会」として結実したことになる。
2. なぜ1815 Up/Downが選ばれたか
記念モデルの土台に選ばれたのは、1815 Up/Downの第2世代である。初代1815 Up/Down(Ref.221.025等)は1997年に発表されたケース径35.9mmの控えめなモデルで、2008年に一度生産を終えた。2013年のSIHHで第2世代(Ref.234.026/.032/.021)として復活し、ケース径は39mmへ、厚さは8.7mmへと改められた。同時に旧Cal.L942.1から新世代Cal.L051.2へとムーブメントも刷新されている。
パワーリザーブ表示「AUF/AB」は、ランゲがブランド復興以前から大切にしてきた意匠である。創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲが残した懐中時計のディスプレイ伝統に直接連なるモチーフであり、ブランドの自己定義そのものに近い機構と言ってよい。協業25周年を象徴する記念モデルの器として、この意味性は無視できない。
3. 同世代の特別版の中で
1815 Up/Down第2世代には、ヴェンペ版以前にもリテーラー限定の特別版が存在した。2017年に北米の名門小売店Celliniの40周年を祝う限定40本(同社初のラッカー文字盤を採用)、2018年にスペインのSuarez75周年を記念する限定20本である。234.041はこの系譜を継ぎつつ、最もはっきりとした視覚的差別化を選んだ。深青色のソリッドシルバー文字盤は、銀色のサブダイヤルと対比をなし、基本仕様のRef.234.026(アルジャンテ単色文字盤)とは別物の表情を獲得している。ホワイトゴールド版が本Ref、ピンクゴールド版がRef.234.042で、それぞれ25本ずつ、合計50本が世に出た。
意匠分析
234.041のケースは18Kホワイトゴールド製で、直径39mm、厚さ8.7mmという1815 Up/Down第2世代の標準寸法を踏襲する。第2世代1815 Up/Downは、初代の35.9mmから3mm拡大し、厚さも0.8mm増している。ベゼルにはわずかな段差(ステップ)が設けられ、ケース側面が一直線に立ち上がる旧ランゲの基本様式から一歩離れた処理となる。これにより文字盤の見え寸が抑えられ、増した厚さの視覚的影響が緩和されている。ラグ幅は20mm、純正は手縫いアリゲーターストラップとホワイトゴールドのピンバックルの組み合わせとなる。
本Refを基本仕様のRef.234.026から分かつのは、まず文字盤である。素材はソリッドシルバーで共通だが、表面処理が深いブルーへと改められている。中央のメインダイヤル領域と、左下のスモールセコンド・右下のパワーリザーブ表示の2つのサブダイヤル領域とで段差が設けられ、サブダイヤル部分のみが銀色のまま残された。深いブルーの中に銀色の窓が浮かぶ構成となり、識別性と装飾性の両立が図られている。アラビア数字インデックスとレールウェイ型分目盛(シュマン・ド・フェール)は白色プリントで処理され、青背景上でも高い視認性を保つ。
針はブルースチール製のアルファ型で、青文字盤上で一見コントラストが落ちにくい配色である。ただし文字盤の段差処理と白色プリントとの相乗で、可読性は犠牲になっていない。パワーリザーブ表示の終端、すなわちゼンマイがほぼ尽きる位置には、伝統に従って赤いマーキングが残される。
ケースバックはサファイアシースルー仕様で、自社製手巻きCal.L051.2が露わとなる。ムーブメント径30.6mm、厚さ4.6mm、29石、245部品で構成され、3/4プレートは未処理のジャーマンシルバー製で、経年とともに独特の色合いを獲得していく素材だ。テンプ受けはランゲ伝統の手彫り装飾を備え、個体ごとに微差が残る。サファイアの周囲には、限定エディションであることを示す彫刻と個別シリアル番号が刻まれている。
系譜と歴史
234.041の発表は2019年6月で、A. Lange & Söhneとハンブルクの宝飾商Wempeの提携25周年を記念する限定モデルとして公表された。同時に発表されたピンクゴールド版Ref.234.042とともに、各25本ずつ、合計50本のみが製作されている。
土台となった第2世代1815 Up/Down(Ref.234.026 ホワイトゴールド/Ref.234.032 ピンクゴールド/Ref.234.021 イエローゴールド)は、2013年のSIHHで発表されてからすでに6年が経過しており、本Ref発表時点では通常コレクションからの整理が進んでいたと伝わる。本Refはこの第2世代1815 Up/Downの最終期を飾る位置にある。
販売はWempeブティック専属での流通とされた。ハンブルクの本店をはじめ、ニューヨーク、ロンドン、ミュンヘンといった同社の販売拠点で展開され、Wempeはこの時点でランゲのミュンヘン・ロンドン両ブティックの運営も担っており、両社の販売網が密接に結びついていたことが本Refの流通設計に反映されている。
本Refは個体ごとに通し番号が振られ、ケースバックの彫刻によって限定エディションであることが明示される。限定本数25は協業25周年の年数に呼応するものであり、ピンクゴールド版と合わせた合計50本という規模も、両社の関係性に対する控えめな自己評価を反映した構成として記憶される。