ハインリヒ・モーザー
サンクトペテルブルクで時計の事業を築き、故郷シャフハウゼンに水力と工業をもたらしたスイスの時計師・実業家(1805-1874)
- BORN
- 1805年
- DIED
- 1874年
- BRAND
- H. モーザー — 1828年創業
- MODELS
- 5 本
概要
ハインリヒ・モーザー(Heinrich Moser、1805-1874)は、シャフハウゼンの時計師の家に生まれたスイスの時計師・実業家である。1827年にロシアのサンクトペテルブルクへ渡り、1828年に商社H.モーザー&Co.を設立した。翌1829年には、自らの事業向けの時計を作る工場をル・ロックルに置いた。1848年に故郷へ戻ると、ライン川の水力を使う設備を整えてシャフハウゼンの工業化を進め、1868年には米国人フローレンタイン・アリオスト・ジョーンズのIWC創業を、建物と動力の提供で支えた。生涯に約50万本の時計が作られたと推定されている。
生涯
01時計師の家
WorldTempusの年表によれば、モーザーの祖父ヨハネス・モーザーは見習いを経て、シャフハウゼンの町の時計師という世襲の名誉職に就いた。父エアハルト・モーザーもこの職を継ぎ、州議会の議員を務めた。ヨハン・ハインリヒ・モーザーは1805年12月12日に生まれ、1820年から1824年まで父のもとで伝統的な時計づくりを学んだ。1824年には、ル・ロックルの名工たちの工房を訪ねる旅に出ている。
02サンクトペテルブルク
同じ年表によれば、モーザーは1826年に初めて自分の名義で仕事を始め、置時計を箱や家具に組み込んだ。1827年、事業の見込みに引かれて、馬車と船による危険な旅を経てサンクトペテルブルクへ渡る。1828年、商社H.モーザー&Co.がサンクトペテルブルクで設立された。彼が売る時計は高い品質のものに限られ、本人か代理人が自ら検めたものでなければ店頭に出さなかったという。1829年には、この品質を保つため、ヨーロッパとロシアの自らの事業向けだけに時計を作る工場をル・ロックルに設けた。
03帰郷と晩年
1848年、裕福な商人で時計製造業者となったモーザーは、家族とともにシャフハウゼンへ戻る決意をした。以後の彼は、故郷の工業化に生涯の仕事を見いだす。年表によれば、モーザーは1874年10月23日に亡くなり、遺言で2番目の妻ファニーをすべての事業の相続人とした。
業績・代表作
01水力と工業
WorldTempusの年表によれば、モーザーは1851年にライン川に運河を完成させ、その水で約80馬力のタービンを動かした。1853年には、シャフハウゼンの有力者たちとともに貨車の製造会社と、のちのSIGとなる工業会社を設立している。aBlogtoWatchによれば、同じ1853年には時計ケースの製造工場もシャフハウゼンに開いた。1863年から1864年にかけて、近隣の工場に安い動力を送るため、ライン川に大きなダムを築き始めた。aBlogtoWatchは、1864年に完成したこのダムがライン川の力でシャフハウゼンに動力を供給し、町が工業化する機会をもたらしたと書いている。
02IWCの創業への支援
年表によれば、1868年、モーザーはF.A.ジョーンズによるIWCの創業を、建物と機械を動かす動力の提供で支えた。aBlogtoWatchは、IWCが、モーザーが新しい中小の事業者のために用意した建物の一部を借りて始まったと書いている。Robb Report Malaysiaは、モーザーがシャフハウゼンの基盤整備と工業化に多額の投資をしたことが、ジョーンズにこの地でIWCを始めさせた理由だった可能性が高いとしている。
03時計の事業
Robb Report Malaysiaによれば、H.モーザー&Cieは当時の市場の主要な担い手であり、モーザーの生涯に約50万本の時計が作られたと推定されている。
評価・後世への影響
モーザーの事業は、彼の死後に売却された。WorldTempusの年表によれば、1918年初め、ロシア革命によってロシアの民間の時計市場がなくなり、最後のスイス人の支配人たちは財産をすべて没収されて帰国した。ル・ロックルの事業はこの混乱を免れて続いたが、のちのクォーツ危機の影響を受け、1979年にはディキシ・メカニーク・グループに入って「Hy Moser & Cie.」の名で営業した。
2002年、ユルゲン・ランゲ博士が創業者のブランド「H. Moser & Cie.」を国際的に再登録し、モーザー家の代表とともにモーザー・シャフハウゼンAGを立ち上げた。曾孫のロジャー・ニコラス・バルジガーは名誉会長を務める。2005年、モーザーの生誕200年に合わせて、同社は再び時計を世に出した。モーザーの邸宅シャルロッテンフェルスは、いまは彼の遺品や時計を収めたモーザー博物館となっている。
この人物が関わったモデル
出典
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