本文へ
← 腕時計史 · 縦糸 ── 横断記事
腕時計史 · 縦糸 / THREAD — テーマ別 / Theme
T2

精度と認定の系譜

精度は競うものから証明するものへ——天文台の順位争いから第三者認定まで、時計が正確さを公に示す仕組みは姿を変えてきた。

§ 00 Summary

時計の正確さは、長く航海の必要と結びついた実用的価値だった。19世紀、天文台は中立な科学機関として時計の精度を測り、やがて製造者が成績を競う天文台コンクールが生まれる。専用に仕立てた調速機構が極限の精度を競ったが、1968年前後のセイコーの台頭とクォーツの登場が、その前提を崩した。一方、市販品の精度を保証する認定はクロノメーター検定として広がり、1973年にCOSCへ統合される。21世紀には各社が自社規格でCOSCを超える精度を掲げ、認定の対象はムーブメント単体から組み上げた時計へと移った。精度をめぐる競争と公的証明の歩みをたどる。

§ 01 Overview

時計における精度の追求は、まず航海の必要から始まった。海上で経度を知るには、揺れと温度変化のなかでも狂わない時計が要る。18世紀にハリソンが海洋クロノメーターでこの難題に応えて以降、正確さは時計に課された実用上の使命となった。

精度を測り保証するには、中立な機関が必要だった。その役を担ったのが天文台である。星の運行を基準に時刻を確かめられる天文台は、第三者として精度を判定するのにふさわしかった。英国では1822年からグリニッジ王立天文台が航海用クロノメーターの試験を続け、スイスでは1858年設立のヌーシャテル天文台が1860年に時計の試験を始める。ジュネーブ天文台も1870年代に続いた。試験はやがて、製造者が成績を競うコンクールへ発展する。

天文台コンクールは、精度の極限を競う舞台だった。出品される調速機構は日常の使用を度外視し、大型のテンプを備え、熟練の時計師が何年もかけて仕上げた専用品が多かった。ペズー260やゼニス135、ロンジン360といった口径がその名声を築く。試験は5姿勢と複数の温度のもと数十日に及び、後年の検定をはるかに上回る厳しさだった。出品機は当初、毎時18,000から21,600振動の低振動が主流だった。1960年代に入ると、ジラール・ペルゴが量産向けの毎時36,000振動を投入し、振動数を上げて精度を稼ぐ方向が広がる。1959年に海外勢へ門戸が開かれると、後発のセイコーが参戦する。短期間で順位を上げ、1968年のジュネーブでは機械式の上位を占めるに至った。だが同じ年、首位はスイスのクォーツ試作機が占めていた。日本勢の躍進とクォーツの登場は、機械式の精度を競う前提そのものを揺るがす。まもなく腕時計部門の競争は休止され、再開されないまま天文台での試験も縮小していった。

懐中時計や海洋クロノメーターを前提としてきた精度の世界に、腕時計が加わるには証明が要った。腕時計は不正確という当時の通念に対し、ロレックスは1910年、腕時計でクロノメーター認定を取得したとされる。

競争とは別に、市販品の精度を保証する仕組みも育っていた。各地の公的検定局がクロノメーターの認定を担い、合格した時計に証明書を与える。ただし基準は地域ごとに異なり、複数の地で操業する企業には不都合だった。これを統一するため、1973年、5つの州とスイス時計協会がスイス公認クロノメーター検査機関(COSC)を設立する。COSCは国際規格ISO 3159に基づき、ケースに収める前のムーブメントを15日間、5姿勢3温度で試験し、日差マイナス4からプラス6秒の基準を満たしたものをクロノメーターと認める。順位を競う天文台コンクールに対し、COSCは合否を判定する大量認証として、クロノメーターの称号を広く開いた。

21世紀に入ると、認定の重心が動く。COSCの基準を上回る精度を、各ブランドが自社の規格で掲げ始めた。ロレックスは2015年、従来用いてきたスーペラティブ・クロノメーターの呼称を、ケーシング後に日差マイナス2からプラス2秒を保証する自社認定として定義し直す。オメガは同じ2015年、スイスの公的計量機関であるMETASと組んだマスター・クロノメーター認定を始めた。COSC認定を前提に、組み上げた時計を対象として日差0からプラス5秒の精度に加え、15,000ガウスの耐磁性や実用に近い条件での性能を検証する。磁気を帯びた機器が身近になった環境で、耐磁性を精度の条件に組み込んだ点に、現代の認定の特徴がある。認定の対象が、ムーブメント単体から組み上げた時計という系へ移った点が大きい。ただし、自社で完結するロレックスの認定と、独立した公的機関が担うMETASとでは、証明の性格が異なる。前者は数値の幅こそ狭いが検証は社内にとどまり、後者は第三者による証明を備える。

精度を公に証明する営みは、姿を変えながら続いている。スイスでは2009年に、機械式に限った国際クロノメーターコンクールが復活した。クォーツやスマートウォッチが正確さを当然のように備える時代に、機械式の精度を測り保証することの意味が、あらためて問われている。

§ 02 Milestones on this thread
← 年表へ戻る