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腕時計史 · 縦糸 / THREAD — 地域別 / Region
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フランスの通史

発明と意匠で時計史を先導しながら、量産の主役の座はスイスへ譲り続けた——フランス時計が繰り返した盛衰の物語である。

§ 00 Summary

フランスは16世紀のブロワやパリを拠点に、ヨーロッパで早くから時計産業を築いた。しかし1685年のナント勅令廃止でユグノーの職人が国外へ逃れ、その技術がスイス興隆の種となる。18世紀には啓蒙期のパリが時計学の中心となり、ベルトゥーやブレゲが精度と機構を磨いた。19世紀以降は量産でスイスに後れを取り、20世紀にはカルティエの意匠が新たな輸出価値となる。リップに象徴される量産産業はクォーツ危機で揺らぎ、現在は意匠と少数の自社製造に活路を求めている。

§ 01 Overview

早い興隆と最初の断絶

フランスの時計づくりは中世にさかのぼる。16世紀には、ロワール河畔のブロワと首都パリが、ドイツのニュルンベルクと並ぶヨーロッパの工芸の中心地となった。装飾と七宝に長けた職人が王侯の注文に応え、時計は時を計る道具であると同時に、富を示す細工物でもあった。

この繁栄に最初の断絶をもたらしたのが宗教対立である。1685年、ルイ14世がナント勅令を廃止すると、新教徒(ユグノー)の職人は迫害を逃れて国外へ向かった。多くがジュネーヴやジュラ山中の谷へ移り、持ち込んだ技術がスイス時計産業の礎となる。フランスは、後に最大の競争相手となる隣国へ、みずからの未来を流出させたことになる。

啓蒙のパリと精度の探求

それでも18世紀のパリは、ふたたびヨーロッパ時計学の中心へと返り咲いた。1770年代、セーヌの島にあるドフィーヌ広場の一角には、フェルディナン・ベルトゥー、ジャン=アントワーヌ・ルピーヌ、そして若き日のブレゲらの工房が集まっていたと伝わる。経度問題に挑む海洋クロノメーターでは、ピエール・ル・ロワやベルトゥーがイギリスのハリソンらと精度を競った。

1775年にパリで工房を開いたアブラアン=ルイ・ブレゲは、近代時計学の父と称される。もっとも彼自身はヌーシャテル生まれであり、フランスの黄金期が国境を越えた才能に支えられていた点は見落とせない。ブレゲは耐震機構パラシュート、1801年のトゥールビヨン特許、ナポリ王妃のための初期の腕時計など、後世に受け継がれる発明を残した。それぞれの詳細は各記事に譲る。

量産でのつまずきと意匠への転換

19世紀に入ると、優位は静かに移っていく。スイスは互換部品による量産技術を磨いたが、フランスはなお一品ごとの手仕事に重きを置いた。ブレゲの工房でさえ、孫ルイ=クレマンの代の1840年ごろにはスイス製ムーブメントを多く取り入れている。機械式の主導権はスイスへ渡った。

代わってフランスが見いだしたのは、意匠という輸出価値である。20世紀初頭、エドモン・ジャガーがスイスの薄型ムーブメントをパリの宝飾店へ橋渡しした。1907年にはカルティエと専属供給の契約を結び、その腕時計の心臓部を担っている。1904年に考案され1911年に市販されたサントスは、男性用の実用腕時計の先駆とされる。1917年のタンクは、戦車の俯瞰像に着想を得た角型で、アールデコの代表的な意匠とされる。部品はスイス製でも意匠はフランスのもの——この型は、今日のフランス時計の自画像へと続いている。

産業の盛衰とリップ

量産の現場を担ったのが、スイス国境に近いフランシュ=コンテ地方、とりわけブザンソンである。革命期にパリの時計師がこの地へ移ったことが、産業集積の遠い起点となった。1867年に同地で創業したリップは、洗練された前衛的な意匠と精密な量産で、フランス時計産業の象徴となった。1950年代には電気式時計の開発にも取り組み、技術的な意欲を示している。

だがクォーツ化の波は急速だった。リップは1973年にフランス初とされるクォーツ時計を世に出したものの、米国や日本との競争に耐えられず経営は破綻する。同年、解雇に直面した労働者は工場を占拠し、「作り、売り、自分たちで給料を払う」を掲げて自主管理生産に踏み切った。9月29日のブザンソン行進には10万人が集まり、五月革命後の労働運動の象徴となる。その後も再建と破綻を繰り返し、量産産業としてのフランス時計は縮小していった。

意匠と少数の製造へ

現在のフランス時計は、二つの流れに分かれて続いている。一つはカルティエやエルメス、F.P.ジュルヌのように、フランスの出自や資本を持ちながら製造はスイスで行う高級路線である。1988年にスイスのリシュモン傘下へ入ったカルティエは、その典型といえる。もう一つは自国での製造を志す動きで、ペキニェは2011年、数十年ぶりとされる本格的なフランス製自社ムーブメントキャリバー・ロワイヤルを発表した。2014年にはブザンソンでリップが再興し、新興の小規模ブランドも現れている。

技術と意匠で時計史の起点を築きながら、産業の主役をスイスへ譲り続けたフランス。その歩みは、発明と美の発信地でありつづける一方で、量産の覇権を取り戻せずにいる国の物語として、本史の技術・意匠・市場という三本軸を別の角度から照らし出す。

§ 02 Milestones on this thread
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