ブレゲ 最初の腕時計(ナポリ王妃)
懐中時計が当然だった時代に、腕に巻く時計を構想した最も早い記録——それは戦場ではなく、王妃の手首にあった。
概要
Overview1810年6月8日、ナポリ王妃カロリーヌ・ミュラはブレゲに二つの時計を注文した。その一つが、腕に巻くブレスレット式のリピーターである。製作台帳にはNo.2639と記され、細長いケースに温度計を備え、髪と金糸を編んだ紐で腕に留める仕様だった。1812年に納品されたこの時計が、腕に着けるために設計された、記録に残るかぎり最初の腕時計とされる。当時の腕時計は女性の装身具であり、これも宮廷の貴婦人のための一作だった。現存せず外観の図も残らないため、評価はブレゲの製作記録に基づく。それでも、腕という新しい場所へ時計を移す発想の出発点として、本史に欠かせない一点である。
背景
Background19世紀初頭、時計といえば懐中時計を指した。男性は鎖でつないだ懐中時計をポケットに収め、必要なときに取り出して時刻を読んだ。女性にとっての時計は、首から下げるペンダントや、ベルトに吊るすシャトレーヌ、指輪に仕込んだ小型時計など、装身具の一部として扱われることが多かった。時計はまず装飾品であり、時刻を知る道具という性格はその次に置かれていた。
腕に時計を巻くという発想は、この時代にはほとんど例がなかった。手首は服の袖に隠れやすく、汗や衝撃にもさらされる。精密な機構を収める場所としては不利で、わざわざ腕に留める理由も乏しかった。腕時計という形式が広く受け入れられるのは、第一次大戦でその実用性が証明される100年ほど後のことである。
アブラアン=ルイ・ブレゲの工房には、欧州各地の王侯貴族が顧客として名を連ねていた。ナポレオンの末妹カロリーヌ・ミュラもその一人で、夫ジョアシャン・ミュラとともに1808年からナポリを統治した王妃である。彼女は1808年から1814年までにブレゲから34点の時計類を購入し、最良の顧客の一人に数えられた。装身具としての時計を好んだこの王妃の注文が、腕という未踏の場所へ時計を移す試みの引き金となる。
出来事
The Event1810年6月8日、カロリーヌ・ミュラはブレゲに二つの時計を注文した。一つは100ルイの複雑時計、もう一つが『ブレスレットのためのリピーター』と見積もられた腕に巻く時計である。後者の見積もりは5,000フランにのぼった。ブレゲの製作台帳には、この注文がNo.2639として記録され、『ブレスレット用の長円形リピーター』という前例のない呼称が与えられている。
製作は同年8月11日に始まった。仕様は当時として異例だった。細長いケースに音で時刻を知らせるリピーターを収め、温度計を組み込み、レバー脱進機を採用した。文字盤には湾曲したアラビア数字が並ぶ。腕への固定には、髪と金糸を編んだ紐が用いられた。製作には34の工程と17人の手が要したと記録される。
完成は容易ではなかった。1811年12月初めに一度は仕上がり、4,800フランで請求されたが、機構の一部に手が入る。分の表示にかかわる仕組みが改められ、ギヨシェ彫りの金無垢文字盤は銀の文字盤に替えられた。時計が最終的に整ったのは1812年12月21日とされ、納品はその年のうちだった。
この時計が、腕に着けるために一から設計された、記録に残るかぎり最初の腕時計とされる。ただしNo.2639は失われており、外観を伝える図も台帳に残らない。評価はもっぱらブレゲ自身の製作記録に依拠する。最後の記録は1855年で、カロリーヌの末娘ラスポーニ伯爵夫人が、巻上げと時刻合わせ用の鍵2本を新調するために持ち込んだと伝わる。以後、所在はわからなくなった。
意義
SignificanceNo.2639が示したのは、時計を腕に合わせて造形するという意匠の出発点である。懐中時計の丸い形をそのまま腕に載せるのではなく、細長いケースを手首の曲面に沿わせ、紐で留める。形が用途に従うこの考え方は、後の腕時計意匠の根にある。
『最初』という位置づけには異論もある。物として現存する最古級の腕時計は、1868年にパテックがハンガリーのコスコウィッツ伯爵夫人に納めた一作で、ギネス世界記録もこちらを認める。パテック自身は『スイス最初の腕時計』と限定して称している。1880年代にはジラール・ペルゴが独海軍向けに腕時計を供給したとされる。複数の試みが各地で並行し、誰を最初とするかは定義しだいで揺れる。ブレゲの一作は記録に拠る最も早い例として、その系譜の先頭に置かれることが多い。
腕時計はこの後も長く女性の装身具にとどまった。男性が腕時計を受け入れるのは、第一次大戦と、サントス=デュモンのために考案されたカルティエの角型時計を待つことになる。
意匠の継承は、2002年に登場したレーヌ・ド・ナプルのコレクションに見える。卵形のケース、6時側に寄せた文字盤、編んだストラップといった要素は、失われた原型の記述を手がかりに再解釈された。フランス時計の系譜では、ブレゲの発明と意匠が、やがてカルティエへと腕時計の物語を渡していく。