系譜と歴史
ランデロンという名の二つの時代
ランデロンは、本来クロノグラフのために知られた名である。このスイスのムーブメントメーカーは、19世紀後半に源流を持つ。アナトール・ブライトリングの特許を取得した1924年以降、コラムホイール式クロノグラフの主要な供給者となった。特許失効後の1930年代末には、カム(横レバー)式クロノグラフの先駆けとされるCal.47を開発する。これを二プッシャー化したのがCal.48であり、1937年から1970年代まで350万個以上が生産されたと伝わる。コラムホイール式より安価に作れる構造ゆえに、クロノグラフを一般層へと広げた立役者となった。
その名は1980年代のクォーツショックのなかでいったん途絶える。歴史的なランデロンの商標は2015年にデパ・ラグジュアリー・ディストリビューション社が取得した。そして2018年以降、同社のデパ・スイス・ムーブメンツがランデロン名でムーブメント供給を再開する。ランデロン 21は、この復活したブランドが送り出す手巻きキャリバーである。かつてカム式クロノグラフで名を馳せた名が、いまは三針という最も基本的なムーブメントに冠されている。この点は、本機を理解するうえで欠かせない文脈である。
ETA 2804-2系という土台
ランデロン 21の設計は、ETA 2804-2、そしてその並行クローンであるセリタ SW215-1と同じ系譜に属する。ETA 2804-2は、汎用自動巻きの代名詞であるETA 2824-2を手巻き化し、日付を備えた派生である。さらにその無日付版がETA 2801-2にあたる。つまりランデロン 21は、業界で最も広く使われてきた11½型ファミリーのうち、手巻きという枝に連なる存在である。
こうしたETA系エボーシュの供給元が増えた背景には、業界の供給事情がある。スウォッチ・グループが外部ブランドへのムーブメント供給を段階的に絞り、中小ブランドは代替供給元を求めるようになった。セリタをはじめとする供給元が台頭し、復活ランデロンもその一翼を担うことになる。ランデロン 21は技術的な革新を打ち出す類のムーブメントではない。確立された設計を手頃に供給する、共通基盤としての役割を引き受けている。
ニヴァダ・グレンヘンと薄型化
ランデロン 21の実像が最もよく見えるのは、ニヴァダ・グレンヘンのアンタークティック 35での採用である。2023年に登場したこの復刻モデルは、手巻きであるランデロン 21の薄さを活かした。サファイアガラス込みで約10.1mmという薄型ケースを実現している。これはヴィンテージのオリジナル(約11.5mm)よりも薄く、自動巻きでは難しい寸法である。
興味深いことに、1950年代のオリジナルのアンタークティックは自動巻きを売りにしていた。手巻きのランデロン 21を選んだ現行版は、その点で歴史と異なる選択をしている。とはいえ、これは往年の薄いプロポーションを優先した結果といえる。本機は派手な機構を持たないが、薄型かつ素直な汎用キャリバーとして、復刻時計の設計に確かな選択肢を与えている。