設計思想
チャリティーのための一点物
Only Watchは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの研究資金を募るために2005年に始まった慈善オークションである。発端には、この難病で息子を失ったモナコの実業家の存在がある。隔年で開催され、参加ブランドはこの場のためだけのユニークピースを供出する。競売の前には主要都市を巡る巡回展が組まれ、各社の一点物が披露される。本機が属する4本組も、その第10回に向けて作られた。販売店に並ぶ製品ではなく、研究支援という目的のために存在する時計である。
なぜ1本ではなく4本だったか
多くのブランドが1本のユニークピースを出すなか、ゼニスは4本をまとめた1セットを用意した。赤・黄・青・緑という配色は、この回のOnly Watchが掲げた公式カラーに対応する。普段は黒のセラミックベゼルを持つクロノマスター スポートを、4つの鮮やかな色へ展開し、それを分割せず一つの落札枠としたところに、この企画の性格が表れている。本機はそのうちの青であり、単独で完結するのではなく、4色がそろって意味を持つ構成の一部である。
量産機の上に立つ意味
土台となったクロノマスター スポートは、2021年に発表されたゼニスの主力クロノグラフである。1969年のEl Primeroが切り開いた高振動と、A386に由来する意匠を現代的なスティールスポーツの形にまとめ、2021年のGPHGでクロノグラフ部門を受賞した一台である。高振動を生かして経過時間を1/10秒まで読ませる「ストライキング・テンス」の発想は、El Primeroが50年余をかけて磨いてきた高振動計時の蓄積を、一台に凝縮したものでもある。本機はその完成された量産機を下敷きに、配色だけを慈善のために変えた一点物として組み立てられている。新しい機構を競うのではなく、確立された一台にチャリティーの文脈を重ねたところに、このレファレンスの立ち位置がある。
意匠分析
本機の見どころは、青で統一された配色にある。ラッカー塗装のブルーダイヤルに、同じく青のセラミックベゼルを組み合わせる。クロノマスター スポートのベゼルには、通常モデルでは黒の研磨セラミックが用いられ、1/10秒の目盛が刻まれる。Only Watch用の4本では、このベゼルが赤・黄・青・緑へ置き換えられた。赤と黄はゼニスがセラミックで用いたことのない色であり、青と緑がそれに続く形で、明色のセラミックベゼルがこのシリーズに初めて与えられた。
通常のクロノマスター スポートは、1969年のA386から受け継ぐ青・アンスラサイト・ライトグレーの三色サブダイヤルを特徴とする。一方、本機をはじめとするOnly Watch版は、ダイヤルと同系のやや濃い青で重なり合うサブダイヤルをまとめる。三色の対比を抑え、単色基調のまとまりへ振った点が、量産機との最も分かりやすい違いである。
ケースは4本に共通する。径41mm、ラグ間47mm、厚さ13.6mmのスティールケースで、面取りされ角度のついたラグはA386に由来する。クロノグラフのプッシュボタンはポンプ式、リューズはねじ込み式で、サテンと鏡面を切り替えた仕上げが施される。機構面では、自社製の自動巻きコラムホイール・クロノグラフ、Cal. El Primero 3600を搭載する。毎時36,000振動 (5Hz) の高振動を生かし、クロノグラフ中央秒針が10秒で文字盤を1周する。この速さがあって初めて、ベゼルの1/10秒読み取りが機能として成立する。
系譜と歴史
03.3112.3600/03.M3100は、慈善オークションOnly Watchの第10回に向けてゼニスが制作した、4本組ユニークピース・ボックスセットの一本である。セットは赤・黄・青・緑のセラミックベゼルと同色のラッカーダイヤルを持つ4つのレファレンスで構成され、本機はその青を担う。ゼニスは2023年半ばにこのセットを公開した。オークションは当初、2023年11月5日にジュネーヴのパレクスポで、クリスティーズの主催により開催される予定であった。しかし開催直前、主催団体である Association Monégasque contre les Myopathies の資金運用と運営体制をめぐって公の場で疑問が呈され、2023年10月に延期が発表された。第三者による会計監査を経て、第10回 Only Watch は2024年5月10日、当初と同じパレクスポで改めて開催された。47点・52ブランドが参加し、慈善資金として総額およそ2800万スイスフランが集められた。ゼニスの4本組はこのオークションにロット47として出品され、4本まとめて一つの落札枠として競られた。落札者には、4色それぞれに合わせた革製ケースを収めた専用ボックスが付属する。