設計思想
ガルフ・ストライプ50周年という文脈
1967年、英国のレーシングチームJWオートモーティブのマシンに、ライトブルーとオレンジのガルフカラーが初めて施されたと伝わる。この配色は1968年と1969年のル・マン24時間連覇、そしてポルシェ917の活躍を通じ、モータースポーツ史で最も知られたリバリーのひとつになった。
ホイヤーとガルフを結びつけたのは、1971年公開の映画『栄光のル・マン』である。主演のスティーブ・マックイーンは、ガルフカラーのレーシングスーツの袖口にモナコ Ref.1133Bを着けて撮影に臨んだ。腕時計と石油会社のロゴが同じ画面に収まったこの映像が、後のガルフ・モナコすべての原点となっている。2017年、タグ・ホイヤーはガルフカラー誕生から50年の節目に合わせて本作を投入した。
歴代ガルフ・モナコからの転換点
ガルフ調のモナコは、マックイーンのスーツの配色を写した2005年の「モナコ ヴィンテージ」CW2118に始まり、Gulfロゴを初めて文字盤に載せた2007年のCW211A、2009年のCAW2113へと続いてきた。ただし、これらはいずれもリューズを右側に備え、ロゴも現行のTAG Heuer表記だった。
CAW211Rはこの系譜で初めて、左リューズのキャリバー11とHeuer単独のヴィンテージロゴを採用した。つまり、マックイーンが着けた1133Bの構成にガルフカラーを重ねた最初の市販モデルであり、映画の中にだけ存在した組み合わせを、半世紀を経て一本に集約した存在といえる。
限定ではないスペシャルエディション
本作は限定本数を持たない「スペシャルエディション」として企画された。発表時の米国価格は5,900ドルで、通常のキャリバー11搭載モナコと同額に設定されている。当初の販売は米国市場のみで、これはガルフロゴのライセンス上の事情によると伝わる。翌2018年には欧州を含む各国へ展開され、誰でも正規の流通で手にできるガルフ・モナコという、従来の限定路線とは異なる位置づけを確立した。
兄弟機と後継
2018年6月にはル・マン24時間の開催に合わせ、50本限定の姉妹機CAW211T.FC6440が発表された。同じキャリバー11を積みつつ、ストライプの一方を1970年代のポルシェを想起させる淡いブルーに変えた仕様である。そして2022年、自社製キャリバー・ホイヤー02を搭載した後継のCBL2115.FC6494が登場し、同年のジュネーブ時計グランプリで「アイコニック」賞を受賞した。CAW211Rはこの世代交代を境にカタログから退き、キャリバー11時代最後の通常販売ガルフ・モナコとなった。
意匠分析
ケースは39mmのスクエアで、ブラッシュとポリッシュを使い分けたステンレススチール製。基本骨格は通常のキャリバー11搭載モナコ(CAW211P)と共通であり、本作の固有性は文字盤とストラップにほぼ集約されている。
サンレイ仕上げのブルー文字盤には、ライトブルーとオレンジの2本のストライプが、中央からやや右寄りを縦に走る。レーシングカーのボディに引かれたラインをそのまま文字盤に移したような処理で、6時位置のデイト窓の上にはGulfロゴが刷られる。12時位置のロゴはTAG HeuerではなくHeuer単独のヴィンテージ仕様で、ガルフ・モナコとしては本作が初の採用となった。インダイヤルはシルバーのスクエア型2つで、3時側にスモールセコンド、9時側に30分積算計を置く。ダイヤモンドポリッシュの水平バーインデックスに夜光ドットを添え、ロジウムプレートの針には夜光が入り、クロノグラフ秒針には赤を効かせる。
左リューズは本作の核心である。現行のキャリバー11はSellita SW300系の自動巻きベースにデュボア・デプラ製クロノグラフモジュールを重ねた構成で、毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは約40時間。リューズを左に置くのは機構上の必然ではなく、1969年の初代が積んだ自動巻きクロノグラフ「クロノマチック」への意匠的オマージュである。2時・4時の角型プッシャー、ムーブメントを見せるシースルーバック、100m防水というモナコの定型は崩していない。
ストラップはブルーのパンチングカーフで、オレンジのステッチと裏地が差し色になる。ドライビンググローブを思わせる仕立てで、プッシュボタン式フォールディングクラスプが付く。リファレンス末尾のFC6401は、この専用ストラップを示すコードである。
系譜と歴史
本作の存在は2017年前半から伝えられ、同年8月にタグ・ホイヤーの米国公式サイトで先行予約が始まった。受付は同年9月15日までとされ、発表時の米国価格は5,900ドルだった。当初の販売は米国限定で、これはガルフロゴのライセンス上の制約によると伝わる。出荷は2017年後半に始まり、WatchBaseも本Refの導入時期を2017年末としている。
翌2018年には欧州をはじめとする各国市場へ販売が広がった。同年6月にはル・マン24時間レースの開催に合わせ、姉妹機にあたる50本限定のCAW211T.FC6440が発表されている。ガルフ初のル・マン制覇から50年を記念したモデルで、本作が通常流通版、CAW211Tが限定版という二段構えが揃った。
本作自体は限定数を設けないスペシャルエディションとして、その後も数年にわたり通常コレクションに留まった。生産期間中に仕様変更が行われたという公式情報は確認できない。2022年3月のWatches and Wonders Genevaで、自社製キャリバー・ホイヤー02を搭載した後継のガルフ・モナコCBL2115.FC6494が発表されると、本作は世代交代の形で役目を終えた。正確な生産終了時期は公表されていないが、2022年前後にカタログから退いたとみられ、現在は生産終了モデルとして扱われている。