設計思想
自動巻クロノグラフ開発競争と「プロジェクト99」
1133Bの物語は、1960年代後半の自動巻クロノグラフ開発競争から始まる。1966年2月、ホイヤー、ブライトリング、ハミルトン傘下のビューレン、デュボア・デプラの4社は秘密協定を結び、「プロジェクト99」の暗号名で共同開発に着手した。同時期にゼニスとセイコーも独自開発を進めており、「世界初」の座を巡る競争は熾烈を極めた。
1969年3月3日、コンソーシアムはニューヨークとジュネーブで同時に記者会見を開き、自動巻クロノグラフムーブメント「クロノマチック」Cal.11を発表する。ホイヤーはこの新ムーブメントをオウタヴィアとカレラに搭載すると同時に、まったく新しい第3のモデルを用意していた。それがモナコである。
角型防水ケースという賭け
既存2モデルが伝統的な丸型ケースの延長線上にあったのに対し、ジャック・ホイヤーは新ムーブメントの革新性を視覚的に訴える「枠の外」のデザインを求めた。そこに現れたのが、ケースメーカーのピケレー社が特許を取得したばかりの防水角型ケースである。角型ケースの防水化は当時不可能とされており、ドレスウォッチ専用の形状と見なされていた。ジャック・ホイヤーは即座にこのケースのクロノグラフ向け独占使用権を交渉で確保し、F1開催地の名を冠した「モナコ」に与えた。
新エンジンを際立たせるコンセプトカーのように、急進的な形状そのものが広告塔だった。リューズを左側に置く構成も、「自動巻ゆえに日常的な巻き上げは不要」というメッセージとして機能した。
マックイーンと『栄光のル・マン』
1133Bの運命を変えたのは映画である。1970年6月、映画『栄光のル・マン』の撮影現場に、ホイヤーは小道具担当ドン・ナンリーの依頼で計時機材一式を提供した。主演のスティーブ・マックイーンは、ホイヤーと契約していたF1ドライバーのジョー・シフェールに傾倒し、「彼とまったく同じ格好にしたい」と望んだ。シフェールのレーシングスーツにはホイヤーのロゴがあり、腕には同じロゴの時計が必要だった。同一個体が3本揃っていた唯一の時計が1133Bだったと、ナンリーは後に語っている。
1971年の映画公開が生んだイメージは、半世紀を経た現在もモナコの核であり続けている。
商業的不振と後年の再評価
ただし当時の市場の反応は冷ややかだった。前衛的すぎた角型ケースは保守的な購買層に受け入れられず、販売は低迷する。クォーツショックが重なった1975年頃、モナコは生産を終えた。丸型のオウタヴィアとカレラが1970年代を生き延びたのとは対照的である。同じRef.1133にはグレー文字盤の1133Gが並行して存在し、後にCal.15搭載の1533、手巻きの73633・74033が加わったが、いずれも初代の商業的苦境を覆すには至らなかった。1133Bが「時代を先取りしすぎた傑作」として再評価されるのは、1998年の復刻を待ってからのことである。
意匠分析
1133Bの設計の核心は、ピケレー社製の防水角型ケースにある。ステンレススチール製で幅39mm、ラグ幅22mm。構造は、風防を保持する上部ケースをモノコック式の裏蓋にスプリングで嵌合させる2ピース式で、裏蓋側の切り欠きが生む張力によって角型でありながら防水性を確保した。側面はわずかに膨らんだ凸面で構成され、ケースとラグの稜線は鋭く立つ。上面のヘアライン仕上げとポリッシュの切り分けは本機の意匠的特徴であり、裏蓋は中央がポリッシュ、外周がサンバースト状のブラッシュ仕上げとなる。
リューズは9時側、プッシャーは2時・4時側という左右分離のレイアウトは、Cal.11がベースムーブメントを180度回転させてクロノグラフモジュールを重ねたモジュラー構造に由来する。機能上の帰結だった左リューズは、結果としてこのRefの最も強い識別子となった。
文字盤は角型ケースに円形のミニッツトラックを刷り込み、「四角の中の円」の緊張感を生む。インデックスは水平方向に揃えた植字で、3時・9時にレジスター、6時に日付窓を置く。初期の「クロノマチック」文字盤はメタリックな濃紺塗装に角端のスチール針を合わせたが、この塗装は湿度や温度変化で劣化しやすく、1970年初頭からの標準生産版ではマット仕上げのミッドナイトブルーに改められた。針もブラッシュ仕上げの金属針に赤いアクセントと赤い三角形の先端を備える仕様へ変わり、白いレジスターとの対比で視認性を高めている。風防はプラスチック(アクリル)製。純正ではNSA社製のスチールブレスレットまたはレザーストラップが組み合わされた。
系譜と歴史
1969年3月3日、ホイヤーを含むコンソーシアムはニューヨークとジュネーブで同時にCal.11を発表し、翌4月のバーゼル・フェアでモナコの実機が公開された。発表時の米国価格は200ドルと伝わる。1969年の最初期ロットは「Chronomatic」表記をホイヤーの盾の上に置くメタリックブルー文字盤で、生産は数か月にとどまった。クロノマチックの名称がブライトリングへ譲渡されたため表記は改められ、「Monaco」をロゴ上部に、「Automatic Chronograph」を6時側に置く移行期仕様(トランジショナル)を経て、1970年初頭からマット仕上げの青文字盤による標準生産版へ移行した。
1970年6月には映画『栄光のル・マン』の撮影で標準生産版の1133Bがマックイーンの腕に巻かれ、映画は1971年に公開された。同じ頃、ムーブメントは初期のCal.11から改良型のCal.11iを経て、1971年頃に振動数を毎時19,800振動から21,600振動へ高めたCal.12へ世代交代する。Ref.番号は1133のまま変わらず、WatchBaseはこのCal.12搭載のマット文字盤仕様の生産期間を1970年から1974年としている。
並行展開として、グレー文字盤の1133Gが標準生産期から存在し、1972年にはCal.15搭載の1533と手巻きValjoux 7736搭載の73633が、1974年にはValjoux 7740搭載の74033がラインに加わった。モナコの生産は1975年頃に終了し、1133Bもこの時期に役目を終えた。型番としての復活はないが、その意匠は1998年の再生産以降、現行コレクションに直系として受け継がれている。