設計思想
1. 3本の復活と、1本だけの緑
2007年、ロレックスはミルガウスを新しい世代の工具時計として復活させた。発表された3本は、40mmのケースも、磁気シールドも、Cal.3131も共有している。耐磁の性能に差はなく、違いは外観に限られた。その中で緑のクリスタルを与えられたのが本機である。
発表は初代の登場からほぼ半世紀の時期に重なり、専門誌の多くは本機を節目を記念する仕様と位置づけた。ただし、ロレックス自身が記念モデルと銘打った記録は確認できない。緑はロレックスが自らの色として用いてきた色でもある。その色を文字盤でもベゼルでもなく、風防に与えた点に、本機の新しさがあった。
2. Ref. 1019から受け継いだもの、手放したもの
直接の前任にあたるのは、1988年に生産を終えたRef. 1019である。平らなベゼル、日付を持たない文字盤、ムーブメントを包む磁気シールド。道具としての骨格は、ほぼそのまま本機に引き継がれた。
一方で表情は大きく変わった。Ref. 1019は銀か黒の抑えた文字盤に、先端を赤く彩った直線の秒針を合わせていた。本機は秒針に差し色を置く発想を保ちつつ、形をRef. 6541の稲妻に戻し、色をオレンジに改めたと見ることができる。前任の赤は、針先と名称に置かれた控えめな印だった。本機ではそれがオレンジと緑の組み合わせへと広がり、Ref全体の性格を決める要素になった。
3. 兄弟を見送った「顔」
透明クリスタルの2本は、2010年代半ばまでに相次いで生産を終えた。残ったのは緑のクリスタルを持つ仕様だけである。結果として、本機が確立した緑の風防は、現代ミルガウスそのものの記号となった。
1,000ガウスという耐磁性能は、生産期間の後半には突出した数字ではなくなっていた。他社からは15,000ガウスを超える耐磁を掲げる機械式時計も現れている。それでも本機は、ケースもムーブメントもほとんど変えずに作られ続けた。性能の更新ではなく、緑と稲妻という視覚の記号で存在を保った点に、このRefの性格がよく表れている。
4. 派生と、その後
2014年、本機の緑のクリスタルは青い文字盤の116400GV-0002へ展開された。GVは本機1本の名前から、仕様の名前へと変わったことになる。また、Cal.3131と磁気シールドの組み合わせは、2016年に登場したエアキング116900にも引き継がれたとされる。ミルガウスのために整えられた耐磁の仕組みが、別のシリーズへ渡った例である。
2023年、ミルガウスは後継を示されないまま生産を終えた。ロレックスは理由を明らかにしていない。緑の風防は本機とともに生まれ、本機とともにカタログを去ったことになる。
意匠分析
ケースは40mmのオイスターケースで、鏡面仕上げの平滑なベゼルと組み合わされる。目盛りを持たない外周は、文字盤と風防の色を引き立てる額縁の役を担う。ケースバックにはモデル名などの刻印が入り、無地の裏蓋が大半を占める現代ロレックスの中では珍しい。
ケースの内側には、強磁性合金による磁気シールドが収まる。ムーブメントを包み込み、外部の磁場を迂回させる部品である。シールドには磁束密度を表す記号「B」と矢印が刻まれるが、目にできるのはロレックス認定の時計師に限られるという。日付窓を持たないのも、文字盤の開口を避けて遮蔽を連続させるための選択と考えられる。
文字盤はロレックスが「インテンス・ブラック」と呼ぶ黒である。白いバーインデックスの中で、3・6・9時の3本だけがオレンジに塗り分けられた。透明クリスタルの116400-0001がインデックスを白で揃えたのに対し、本機は色の配分で差を付けている。オレンジは稲妻形の秒針と外周の目盛りにも控えめに差される。黒地の上で、風防の緑と差し色のオレンジが対になる配色である。
最大の特徴は緑のサファイアクリスタルである。GVは「緑のガラス」を意味するフランス語 Glace Verte の頭文字。色は表面の被膜ではなくクリスタル全体に入り、正面では淡い緑にとどまる。一方、面取りされた縁では光を集め、発光するように見える。ロレックスは、製法の確立に数年を要し、1枚の製造に数週間かかると説明する。黒い文字盤との組み合わせは、判読性を保ったまま緑を縁の反射として見せる選択と読める。
ムーブメントは自社製のCal.3131。Cal.3130を基にした自動巻で、ニオブとジルコニウムを主とする合金の青いパラクロムヒゲゼンマイを備える。ガンギ車(脱進機の歯車)も、ニッケルとリンの合金による常磁性の部品に改められた。部品そのものの耐磁化とシールドの二段構えで、1,000ガウスの磁場に備える設計である。
ブレスレットは三連リンクのオイスターで、中央のリンクのみ鏡面に仕上げる。クラスプはロック用のレバーを持たないオイスタークラスプで、工具なしで約5mm延長できるイージーリンクを備える。
系譜と歴史
116400GV-0001は、2007年4月12日から19日にかけて開かれたバーゼルワールド2007で発表された。このとき披露された現代ミルガウスは3本ある。黒文字盤の116400-0001と白文字盤の116400-0002は、透明なサファイアクリスタルを持つ。緑のクリスタルを載せたのは本機だけだった。
発表直後は供給が需要に追いつかず、入手しにくい時期があったと伝わる。この状況は数年のうちに落ち着いたとされる。
生産期間中の目に見える変化は、夜光塗料に表れた。初期の個体では白いインデックスが緑に、オレンジの3・6・9時のインデックスが青に光り、暗所で二色の表示となった。ロレックスは2008年、青く発光する独自の夜光塗料クロマライトを導入する。本機もやがてクロマライトへ統一されたとされる。ただし切り替えの時期は公表されておらず、同じRefでも個体によって光り方が異なる。夜光を除けば、ケースの設計、文字盤の構成、ムーブメントに大きな変更は確認されていない。
2013年ごろ、透明クリスタルの黒文字盤116400-0001が生産を終えた。翌2014年3月のバーゼルワールドでは、116400GV-0002が加わる。同じ緑のクリスタルに青い文字盤を合わせた、通称「Zブルー」である。2016年ごろには白文字盤の116400-0002も姿を消し、ミルガウスは緑のクリスタルを持つ2本だけの構成となった。
2023年3月、ミルガウスはロレックスの公式サイトから姿を消した。ジュネーブでWatches and Wonders 2023が開かれた時期である。本機もこのとき生産を終え、後継となるRefは発表されていない。約16年にわたる生産期間は、復活後のミルガウスの中で最も長い。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 専門メディア Rolex Caliber 3131 Watch Movement
- 02 専門メディア Rolex Automatic Movements Reference Guide