設計思想
シルクロードと2つの都市
G0A40595が属する「Secrets & Lights – A Mythical Journey by Piaget」は、シルクロードの歴史に着想を得た特別コレクションである。テーマに据えられたのは、ヴェネチアとサマルカンドという2つの伝説的都市だった。全体は93点のジュエリーと38点のタイムピースで構成される。時計作品群は、2015年9月30日に開幕したウォッチズ&ワンダーズ香港で公開された。本作はこのうちヴェネチアをテーマとする「Secrets of Venice」側に位置づけられる。
ピアジェとヴェネチアの結びつきは演出上の物語ではない。同社は1997年からサン・マルコ広場の時計塔(トーレ・デッロロロージョ)の修復事業を支援したと伝わり、コレクション自体がこの文化的パトロナージュの延長線上で構想された。仮面舞踏会の装い、潟に揺れる光、ブラーノ島のレース。都市の記憶を工芸技法へ翻訳することが、シリーズ全体の主題だった。
なぜアルティプラノが選ばれたか
メティエ・ダール(芸術工芸)の器として、ピアジェはアルティプラノを選んだ。1957年の手巻きCal.9Pに始まる超薄型路線の象徴であり、余計な装飾を排した文字盤は、工芸家にとって白いカンヴァスに等しいからである。実際、ヴェネチア側のアルティプラノには技法の異なる姉妹作が並んだ。フランケ・エナメルのG0A40586、ダイヤモンドとエナメルを組み合わせたG0A40602、ブリーノ彫金のG0A40589、そして時計塔の文字盤に想を得た黄道十二宮モチーフのG0A40599である。
そのなかでG0A40595が担ったのは、プリュマスリー(羽根細工)である。フランスでも数えるほどしか残らないとされるこの工芸の担い手、エミリー・ムタール=マルタンが文字盤を手がけた。羽根を鱗状の小片に切り出し、銀箔をまとわせ、1枚ずつ貼り込んで「時の車輪」と呼ばれる放射状のモチーフを構成する。仮面の貴婦人を思わせる妖しさは、ヴェネチアの夜会というコレクションの主題に正面から応えるものだった。
このRefが残したもの
本作は一度きりの限定作で終わらなかった。ピアジェは2017年のSIHHで、アルティプラノ誕生60周年を記念する「Art & Excellence」コレクションを発表した。そこには、同じムタール=マルタンによるフェザーマルケトリーのG0A42060が含まれていた。孔雀の尾羽が広がる後続作の存在は、G0A40595で試みられた羽根という素材の説得力を裏づける。超薄型時計を工芸の額縁として用いるピアジェの方法論において、本作はその転回点のひとつに数えられる。
意匠分析
G0A40595の設計は、「機械を消し、工芸を残す」という一点に収斂する。ケースは38mm径のホワイトゴールドで、厚さは6mmにとどまる。これを可能にしたのが厚さわずか2.1mmの手巻きCal.430Pであり、毎時21,600振動 (3Hz)、約43時間のパワーリザーブを備える。1957年のCal.9Pに連なる超薄型キャリバーの系譜が、文字盤の羽根細工に最大限の舞台面積を与えている。
文字盤の構成は徹底して求心的である。羽根は1枚ごとに色味、密度、質感を選別されたうえで鱗状の小片に切り出され、銀箔を施されてから貼り込まれる。中心から外周へ渦を巻くように展開する「時の車輪」のモチーフは、見る角度によってシルクのような艶、サテンやベルベットのような陰影を見せる。WatchBaseは文字盤色を黒と分類するが、実際の表情は単色では言い表せず、銀箔と羽根の光沢が暗色の地の上で明滅する構造になっている。
インデックスは置かれず、時刻表示は2本のスティック針のみに委ねられる。針を細く短めに抑えることで、羽根のモチーフを遮る面積を最小化する判断である。ベゼルにはダイヤモンドがセッティングされ、ホワイトゴールドの冷たい輝きと銀箔の照りを橋渡しする。防水は30mで、日常の実用よりも夜会の装身具としての性格を明確にした数値といえる。視認性や堅牢性を犠牲にしてでも工芸の完全性を取る。その優先順位の明快さが、本作の設計を貫いている。
系譜と歴史
コレクション「Secrets & Lights – A Mythical Journey by Piaget」は2015年前半から段階的に公開された。先行したのは93点のハイジュエリーで、38点のタイムピースは同年秋の発表が予告されていた。時計作品群がそろって姿を現したのは、2015年9月30日に開幕したウォッチズ&ワンダーズ香港である。G0A40595はこの場で、ヴェネチアをテーマとする「Secrets of Venice」の一作として発表された。生産は限定18本とされる。文字盤は1点ずつエミリー・ムタール=マルタンの手作業で仕上げられるため、通常のシリーズ生産とは異なる工程を踏む。翌2016年には、同じヴェネチア題材のプロトコールXXLマイクロモザイク作品がジュネーブ時計グランプリ(GPHG)の芸術工芸部門で受賞したと伝わる。この受賞はコレクション全体の評価を押し上げた。2017年のSIHHでは、アルティプラノ60周年を記念して同じ羽根細工師によるフェザーマルケトリーのG0A42060が発表され、本作で確立された手法が後続作へ受け継がれた。G0A40595自体は限定生産の完了をもって役目を終え、現在のピアジェ公式カタログには掲載されていない。