設計思想
1. 私物の時計が宇宙へ出た日
CK2998は、1959年に登場した第2世代のスピードマスターである。1962年、シラー飛行士はこの時計を私物として身に着け、シグマ7の飛行に臨んだ。自ら購入した一本だったと伝わる。NASAがスピードマスターを公式装備として認定したのは1965年で、それより3年早い。
本機が記念するのは、月面着陸以前、制度に選ばれる前のスピードマスターの物語である。アポロ11号に連なるムーンウォッチの名声とは別の起点を持つ点に、このモデルの独自性がある。
2. 初代の退場と、12年目の再設計
FOISの名は、2012年の311.32.40.30.01.001に始まる。ただし初代は、現行プロフェッショナルと共通する要素が多かった。黒一色の文字盤や筒型のサファイア風防が、ヴィンテージの再現としての個性を薄めていたと評される。
初代が2021年に姿を消した後、スピードマスターの基盤は大きく動いた。同年、ムーンウォッチ プロフェッショナルがCal.3861へ移行し、段付き文字盤やドット・オーバー・ナインティといった史実への回帰も進んだ。本機はその流れを受け、FOISを一から設計し直したRefである。
3. 継承したものと改めたもの
継承されたのは、CK2998を範とする39.7mmの対称ケースとストレートラグという骨格である。一方でムーブメントはCal.1861からCal.3861へ代わり、マスタークロノメーター認証を得た。Monochrome Watchesは、新旧で共通する部品はごくわずかだろうと指摘している。
より本質的な変化は、モデルの性格にある。初代はケースバックに個体番号を刻む記念モデルだった。本機は限定でも番号入りでもなく、通常のコレクションとして展開される。記念碑から、日常的に選べる定番へと位置づけが改められた。
4. スピードマスター群の中の座標
現行スピードマスターには、42mmの非対称ケースを持つムーンウォッチ プロフェッショナル(310.30.42.50.01.001ほか)がある。一方、復刻Cal.321を積む39.7mmの311.30.40.30.01.001は、本機とほぼ同じケースを持つとされる。本機は外観でCal.321モデルに近く、ムーブメントではプロフェッショナルと同じCal.3861を共有する。
歴史的キャリバーではなく現行機を選んだことで、本機は供給量の限られる復刻機と棲み分けた。ヴィンテージの佇まいを常設の形で提供する役割が、ここで明確になった。同世代にはブラックレザーの310.32.40.50.06.001と、ブラウンレザーの310.32.40.50.06.002が並ぶ。
意匠分析
ケースはCK2998の姿をなぞる。ラグは現行ムーンウォッチのねじれたリラ型ではなく直線的なストレートラグで、リューズとプッシャーを守るガードもない。ガード付きケースは1964年ごろのST 105.012から始まったもので、本機はその直前の姿を再現する。39.7mmはベゼル外径の値で、全長48mmは現行プロフェッショナルの47.5mmより長い。初代と比べるとラグ側面の面取りは緩やかになり、リューズとプッシャーは大型化された。厚みは初代より0.6mm抑えられている。
最大の技術的変更は風防である。従来、サファイア風防のスピードマスターは筒状に立ち上がる形状だった。本機はヘサライト(アクリル系風防)の丸いドーム形状をサファイアで再現し、中央にΩロゴを刻む。傷への強さとヘサライトの柔らかな輪郭を両立させる選択である。
文字盤はサンレイ仕上げにCVD(化学気相成長)でグレーブルーを施す。1960年代のCK2998の一部に見られた色調の再現とされ、光の角度によっては黒に沈む。段付きの盤面、ボウル状に沈んだインダイヤル、長めの5分インデックス、アプライドの旧Ωロゴが第2世代の顔つきを組み立てる。時分針は金属地のアルファ針で、針とインデックスにはヴィンテージ調のスーパールミノヴァを充填する。中央秒針だけは白塗りのバトン針とし、印刷の白と揃えた。ベゼルは黒アルミニウムのタキメーターで、「90」の上の点と斜めの「70」を再現する。
ケースバックは2段のステップ形状となり、シーホースに「THE FIRST OMEGA IN SPACE」「OCTOBER 3, 1962」の刻印を添える。ブレスレットはFOIS初の純正品で、サテンの中央駒とポリッシュの外側駒によるフラットリンク構造をとる。ラグ幅はCK2998と同じ19mmで、クラスプは工具なしで長さを微調整できる。
Cal.3861は自社製の手巻きクロノグラフである。コーアクシャル脱進機(摩擦を抑えるオメガ独自の脱進機)とシリコン製ヒゲゼンマイを備え、METASのマスタークロノメーター認証を受ける。一方で毎時21,600振動(3Hz)とカム式クロノグラフという古典的な骨格は保たれた。
系譜と歴史
本機の源流は1962年10月3日にさかのぼる。マーキュリー計画のシグマ7(マーキュリー・アトラス8号)で、シラー飛行士がCK2998を着用した。オメガが宇宙へ持ち込まれた最初の事例とされる。
この飛行から50年目の2012年、初代FOISとして311.32.40.30.01.001が登場した。Cal.1861を搭載し、ケースバックに個体番号を刻んだ番号入りモデルで、レザーストラップで供給された。同系統にはセドナゴールド製の311.63.40.30.02.001も展開された。スティール版は2021年初頭までに生産終了が伝えられ、FOISの名はいったんカタログから消えた。
3年余りの空白を経て、2024年10月3日、シラーの飛行からちょうど62年目の日に本機が発表された。発表と同時に販売が始まり、ブラックレザーの310.32.40.50.06.001とブラウンレザーの310.32.40.50.06.002も同時に加わった。3本は文字盤とケースが共通で、違いは装着手段のみである。初代と異なり、限定数も個体番号も設けられていない。
2026年9月時点で、本機はオメガ公式サイトのヘリテージモデルの一つとして掲載される現行品である。発表から2年に満たず、仕様変更や新たな派生の公式発表は確認できていない。
出典
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