設計思想
1. 救助の現場から始まった系列
マスターオブGは、装飾ではなく実用に焦点を当てたプロフェッショナル向けの系列である。デジタルの「〜マン」に対し、針を持つ「〜マスター」は空のグラビティマスターに始まり、海のガルフマスターを経て、陸を担う三番目としてマッドマスターに至った。
発売当時の取材で、商品企画を担当した齊藤慎司は、震災の救助活動を伝える光景がこの企画の出発点だったと語っている。泥と埃にまみれながら現場へ向かう人々の姿が念頭にあったという。先行するデジタルのマッドマンは、防泥のためにボタンをカバーで覆っており、押し心地が鈍る難点があった。救助の最中にその煩わしさは許されない。そこでレンジマンのボタン構造を土台に、パイプとガスケットを組み合わせた新しい防泥機構が組まれた。
2. 三色が示した三つの解釈
2015年8月7日、GWG-1000は3色同時に発売された。GWG-1000-1A(黒)、GWG-1000-1A3(カーキ)、そして本機である。ケースもモジュールも共通で、違いは色だけだ。だが色は用途の言語でもある。黒は装備に紛れ、カーキは軍装に連なり、黄は周囲に自らの位置を知らせる。建設機械や保安用具に黄が多用されるのは、景色に溶け込まないためである。救助と復旧の現場を出発点とする系列にとって、黄は最も出自に近い色だったと読める。
3. 黄が指し示したもの
色で任務を語る発想は、この3色ですでに用意されていた。後年のGWG-1000には、救助車両の赤と隊員の制服の紺を写したGWG-1000RD-4A(レスキューレッド)が加わり、同じ主題が別の色で反復される。本機はその先触れに当たる。
一方、日本市場でカシオの公式ラインアップに残ったのはGWG-1000-1A3であり、本機は先にカタログから姿を消した。黄は選ぶ人を選ぶ色でもある。それでも、初代マッドマスターが誰のために構想されたのかを最も率直に語るのは、黒でもカーキでもなく本機だろう。
意匠分析
GWG-1000-1A9の設計上の選択は、そのほとんどが色の配置に集中している。ケース、ベゼル、ボタン、風防、モジュールは3色で共通であり、本機を本機たらしめるのは、どこに黄を置き、どこで黄を止めたかという判断である。
最も面積の大きい要素は、ウレタンのバンドだ。カシオの補修部品では「濃い黄色」として扱われる、彩度の高い黄が手首の左右を占める。表面には重機のグリップを想わせる細かなテクスチャーが刻まれており、黒の個体では沈みがちなこの凹凸が、黄の面では陰影として読み取れる。同じ金型から生まれた造形が、色によって別の情報量を持つ。
文字盤側では、大型のアラビア数字と極太の時分針に黄が通される。マット仕上げの黒文字盤と反転表示の液晶という暗い下地に対し、黄は最も強い明度差を与える色だ。夜光のネオブライトとダブルLEDライトは暗所を担うが、日中の一瞬の視認を支えるのは配色そのものである。
対してベゼルの刷りは抑制されている。黒地にグレー系の文字を置き、機能名やロゴを前に出さない。黄を全身に散らすのではなく、読むべき対象、すなわち針とインデックスに限って配した構成である。黒でまとめた-1Aが淡い黄の印字を含めて構造そのものを見せる作りだったのに対し、本機は情報の優先順位を色で示している。
黄は汚れを隠さない。泥をかぶれば、その痕跡は黒やカーキよりも明瞭に残る。防泥を掲げる時計としては逆説的だが、装備がどんな環境を通ってきたかを可視化する色ともいえる。横幅56mm級の筐体は面積が大きく、その分だけ黄の主張も強い。腕の上で装身具ではなく道具として振る舞うことを、本機は色の側から引き受けている。
系譜と歴史
GWG-1000-1A9は、2015年8月7日に日本で発売された。同日にGWG-1000-1AとGWG-1000-1A3も店頭に並び、初代マッドマスターは3色同時のデビューとなっている。発売時の価格は3色共通で、税込8万6400円だった。海外向けにはGWG-1000-1A9ERなど地域別の型番が用意されている。北米ではGWG-1000-1Aが正規流通しなかったため、黄の本機とカーキの-1A3が実質的な選択肢だったとされる。
生産期間を通じて、GWG-1000には色と仕上げの異なる派生が加えられていった。2015年冬にはブラック&ゴールドをテーマとしたGWG-1000GB-1Aが、後年には救助をモチーフとしたGWG-1000RD-4Aが登場している。ただしこれらは本機の仕様変更ではなく、同一構造の上に立つ別Refである。本機自体については、生産期間中の仕様変更は確認できない。
現在、カシオ日本サイトのGWG-1000ラインアップページに本機の掲載はない。GWG-1000-1A3が掲載を続け、GWG-1000-1Aに生産完了の表示が付く一方で、本機はより早い段階でカタログから外れたとみられる。正確な生産終了の時期は公表されていない。純正の交換バンドは「濃い黄色」の補修部品として供給が続き、発売から10年以上を経た個体の維持を支えている。