リチャード・アービブ
ハミルトン・ベンチュラの非対称ケースを描いた、自動車造形出身の米国インダストリアル・デザイナー
- BORN
- 1917年
- DIED
- 1995年
概要
リチャード・アービブ(Richard Arbib、1917-1995)は、米国のインダストリアル・デザイナーである。プラット・インスティテュートを卒業後、ゼネラル・モーターズで自動車の造形に携わった。1949年からはニューヨークで独立して活動した。仕事の領域は自動車からボート、家電、雑誌の挿絵にまで及ぶ。時計の歴史では、1957年にハミルトンが発表した電池駆動腕時計の外装デザイナーとして名を残す。左右非対称の盾型ケースを持つベンチュラが、その代表作である。
生涯
01プラットからデトロイトへ
リチャード・アービブ(Richard Arbib)は1917年、米国に生まれた。10代のころから自動車の造形に関心を寄せていたと伝わる。1939年にニューヨークのプラット・インスティテュートを卒業し、同じ年にデトロイトのゼネラル・モーターズへ入った。配属先は、ハーリー・アールが率いるスタイリング部門である。
ここでアービブは、アール流の造形と表現の手法を体得したとされる。戦後の1945年には、アールの名を冠したデザイン会社、ハーリー・アール・コーポレーションに移る。同社は自動車にとどまらず、多様な業種の製品を請け負っていた。1947年に描いた携帯テレビの構想図は、この時期の仕事として知られる。家電の外装を流線形でまとめる手つきは、後年の仕事にもつながっていく。
02ニューヨークの独立デザイナー
1949年、アービブはデトロイトを離れてニューヨークへ戻り、独立したデザイナーとして歩み始めた。以後は特定の企業に属さず、依頼主ごとに案を持ち込む立場で仕事を重ねる。ハミルトンとの関係について、本人は後年、社員ではなく請負人だったと語っている。複数のデザイナーが呼ばれ、各自が完成予想図を持ち寄る方式だったという。
独立後、最初に深く関わった取引先がヘニー社である。同社はパッカードの車台に霊柩車や救急車の車体を架装する会社であった。アービブは1951年ごろから同社の顧問となり、パッカードの新しい外観に合わせて車体の意匠を改めた。この縁から生まれた試作車が評判を呼び、事務所には依頼が相次いだと伝わる。
1950年代の彼は、自動車会社、ボートの製造会社、家電メーカー、時計会社を並行して受け持った。SF雑誌の表紙などの挿絵も手がけている。ハミルトンの腕時計に取り組んだのは、こうした仕事が最も広がった時期にあたる。
03晩年
1950年代の末を境に、主要な契約は次第に途切れていったとされる。1960年代以降も自動車会社への提案を続けたが、採用には至らなかったという。それでも描く手は止まらず、1981年の日付を持つ車の計器盤のデザイン画も残っている。
1980年代後半のアービブは、マンハッタンの家賃規制付きのアパートで暮らしていた。部屋には、自動車から掃除機まで、生涯の図面や写真が積み上がっていたという。訪れた人には、飛行船による旅客輸送の構想を熱心に説いたと伝わる。過去の仕事より、新しい構想にこそ関心があると語っていたという。アービブは1995年に没した。
業績・代表作
01ハミルトン・エレクトリックの外装
1957年1月3日、ハミルトンはニューヨークで記者会見を開き、「世界初の電気式腕時計」を発表した。テンプとひげぜんまいはそのままに、ぜんまいの代わりに小さな電池から動力を得るキャリバー500を載せた製品群である。その外装を任されたのが、自動車デザイナーとして名の通っていたアービブであった。
ハミルトンは、実用性にとらわれず自由に描くよう彼に求めたと記している。アービブ自身も、電気式の仕事では自由な裁量を与えられたと振り返った。公式の記述によれば、彼が最初に描いたスケッチが、そのままベンチュラになったという。
ベンチュラは、左右非対称の盾型ケースを持つ。中心線を軸に整える円形や角形とは、輪郭の発想が異なる。博物館の解説も、非対称の造形が新しい中身を際立たせたと記す。アービブの手は他のモデルにも及ぶ。同じ解説は、ヴィクターやスペクトラも非対称で未来的な例に挙げる。ベガやエベレスト、アルタイルの完成予想図も、彼の手によるものが残るとされる。ペーサーも彼の作とみられている。
02一体として描く
アービブは、ケースだけでなく、ストラップやブレスレット、文字盤、針までを一つの意匠として揃えるべきだと考えていた。後年の聞き取りでは、ストラップが時計の一端から流れ込み、反対側へ抜けていく造形を、ほぼすべての案に盛り込んだと語っている。ところがハミルトンは費用を理由に難色を示し、その仕様は初期の一部に限られたという。
その考えが最もよく表れた例として、ベガを挙げる評者がいる。交差する斜線の模様がブレスレットからラグを通り、文字盤にまで続く。時計を部品の集まりではなく、連続した一つの面として捉える見方である。
造形の着想源について、アービブは意外な答えを残している。ベンチュラを横に倒すと、爆弾や逆さのロケットの形が見えるというのである。戦時中に爆弾やロケットを設計し、戦後は自動車にロケット由来のテールフィンを付けた、と本人は語った。兵器と自動車の形の語彙が、腕時計にも及んでいた。
03自動車に描いた未来
ヘニー社のために描いたパンアメリカンは、1951年型パッカード250のコンバーチブルを素材にした2人乗りの試作車である。車体を水平に切り詰めて低く構え、後席を廃して長いリアデッキを設けた。1952年3月にニューヨークの国際モータースポーツショーで公開され、デザインに対する賞を受けた。製作は6台にとどまったが、翌年のパッカード・カリビアンに影響を与えたとされる。
1950年代半ばには、ナッシュとの合併でアメリカン・モーターズの一員となったハドソンの外観を刷新した。「V」の字を主題に据えたこの造形は、「Vライン」の名で呼ばれた。1956年のニューヨーク・オートショーでは、同社の依頼で仕立てたコンセプトカー「アストラ・ノーム」を発表している。小型車ナッシュ・メトロポリタンを土台に、2000年の自動車を想定した透明キャノピーの車である。
その計器盤の中央には、各惑星の時刻を示す「セレスティアル・タイムゾーン・クロック MX-1」が据えられた。ハミルトン向けに1956年に図面化されたが採用されず、アービブが自ら製作したものと伝わる。
04中身を輪郭で示す
アービブの仕事に通底するのは、新しい技術や製品の中身を、一目で分かる輪郭として外に示す姿勢である。電池で動く時計には従来と異なる外形を、2000年の車には宇宙時代を思わせる外形を与えた。自動車の現場で鍛えた造形の文法を、腕時計の小さな面積へ持ち込んだのが彼の仕事であった。
評価・後世への影響
01作者の再発見
ベンチュラは長く人気を保ったが、作者の名は表に出なかった。1980年代後半、収集家のジェフリー・ヘス(Jeffrey P. Hess)は、ハミルトンの元社員らに当たって作者を探した。米国製腕時計の歴史をまとめる書籍に協力するためである。当時は社内にも作者を知る者がほとんどいなかったと、ヘスは振り返っている。
ようやくたどり着いたのが、マンハッタンで暮らすアービブ本人であった。ヘスは数度の対話を重ね、完成予想図の一部を譲り受けた。その記事は、エドワード・フェイバーらの著書に収められた。書名は『American Wristwatches: Five Decades of Style and Design』である。
02収蔵と継承
一方で、時計そのものは早くから公的な収蔵品となっていた。ハミルトンは発表の翌年前後、試作ロットの見本を各地の博物館へ寄贈している。英国のサイエンス・ミュージアム・グループは1957年製の一式を所蔵し、デザイナーとしてアービブの名を記録する。オーストラリアのミュージアムズ・ヴィクトリアも、寄贈された1本を収める。
図面の評価も進んだ。スミソニアン傘下のクーパー・ヒューイットは、ゼネラル・エレクトリック向けのクロックラジオの完成予想図などを所蔵する。2006年には、フレデリック・A・シャーフによるアービブを主題とした著作が刊行された。シャーフ夫妻は2015年、アービブのデザイン画をボストン美術館に寄贈している。
ベンチュラの意匠も作者を離れて生き続けた。1961年の映画『ブルー・ハワイ』ではエルヴィス・プレスリーが着用した。ハミルトンによれば、当初の生産は7年で終わり、1988年にコレクションへ復帰した。現行品はクォーツや自動巻を載せるが、盾型の輪郭は変わらない。
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Designing an Icon
- 02 公式 Design for a CUB car dashboard
- 03 公式 Wrist Watch - Hamilton Electric, Lancaster, Pennsylvania, 1956
- 04 公式 Hamilton Electric Wrist- Watch, 1957
- 05 公式 Richard Arbib | Science Museum Group Collection
- 06 公式 Design for Musaphonic L-Shaped Clock Radio on Legs, in Yellow, General Electric
- 07 報道 Hamilton Watches & Design Renderings Prove Electric At Hess
- 08 専門メディア Concept Car of the Week: Nash Astra-Gnome (1956)
- 09 専門メディア Photo Feature: 1952 Packard Pan American
- 10 専門メディア A Traveling Television
- 11 専門メディア Snapshot 428: 1952 Packard Pan American
- 12 専門メディア 5 Fakten über Hamilton
- 13 専門メディア Hamilton Ventura: the electric revolution – Part 2
- 14 専門メディア Hamilton Electric: the Race to Create the World’s First Battery-Powered Watch
- 15 ブログ An Interview with Richard Arbib (Jeffrey P. Hess)
- 16 ブログ Packard Goes Wild: The 1952 Pan American