ロンジン 航空時計(ウィームス/リンドバーグ)
緯度は太陽が教えるが、経度は正確な時刻を要した。その読み取りを手首に載せたのが1930年代のロンジン航空時計である。
概要
Overview1920年代から1930年代の長距離飛行では、機上での経度算出が大きな課題だった。緯度は六分儀で求められたが、経度には正確な時刻が欠かせない。嵩張る船舶用クロノメーターは、機上には不向きだった。米海軍の航法教官フィリップ・ヴァン・ホーン・ウィームスは、針を動かさず回転目盛で無線時報に秒まで合わせる時計を構想する。ロンジンが1929年にこれを製品化した。ウィームスに学んだリンドバーグは、大西洋単独飛行の経験をもとに、経度を素早く読み取る時角計を発案する。ロンジンが製作したこの時計は1931年に発売された。操縦席の計器に頼っていた航法を手首の時計が支え、後の航空時計の出発点となった。
背景
Background20世紀初頭から進んだ長距離飛行は、新しい航法の課題を突きつけた。広い海や砂漠の上空には目印がなく、操縦士は自機の位置を天体に頼って割り出すほかなかった。位置は緯度と経度で表される。緯度は太陽や星の高度を六分儀で測れば比較的容易に求まる。難しいのは経度だった。
経度の算出には、観測の瞬間における正確な基準時刻、すなわちグリニッジ標準時が要る。地球は1時間に15度自転するため、基準地との時刻差がそのまま経度差に対応する。時刻が1秒狂えば、割り出す位置も大きくずれた。船であれば嵩張る航海用クロノメーターを積めたが、振動と温度変化の激しい機上では同じ精度を保ちにくい。
1924年ごろから無線による時報が広まり、機上でも正確な時刻を受け取れるようになる。問題は、受け取った時報に手元の時計を秒単位で合わせる手間だった。針を動かして合わせれば、その間に時刻が進んでしまう。米海軍の航法教官ウィームスは、航空航法の体系を築く過程でこの不便に着目していた。その教えを受けた者に、大西洋を単独で渡ったリンドバーグがいた。
出来事
The Eventウィームスが構想したのは、針はそのままに、文字盤中央の回転する秒目盛だけを動かして無線時報へ合わせる機構だった。受信した時報に合わせて中央の円盤を回せば、針を狂わせずに秒単位の同期ができる。ロンジンはこの秒設定時計を1929年から製造した。関連する米国特許2008734は1929年に出願され、1935年に成立している。1931年8月には、ロンジンの秒設定時計が米陸軍航空隊に採用され、1946年まで使われた。大型と小型の二種があり、口径47mmの大型は手首に着ける航法器具だった。
リンドバーグは1927年、ニューヨークからパリまで33時間30分の単独無着陸飛行を成し遂げた。この飛行の公式計時をロンジンが担い、両者の縁は深かった。ウィームスの秒設定の発想を知ったリンドバーグは、経度をより速く読み取る時計を自ら設計する。完成した時角計は1931年に発売され、世界各地で販売された。
仕組みは込み入っている。文字盤外周の回転ベゼルと中央の回転目盛、三本の針が連動し、グリニッジ時角を直接読み取れる。時針は12時間と同時に角度を示し、12が180度に対応する。分針はベゼル上の弧分を、中央目盛は秒針と組んでさらに弧分を表す。六分儀で緯度を求め、無線時報で時刻を合わせ、これらの値を足し合わせて経度を割り出す。ベゼルには均時差を補正する目盛も刻まれた。口径は47.5mmと大きく、手袋のまま巻けるよう玉ねぎ形の大きなリューズを備えた。航法の計時と時角の読み取りを、手首の上へ移す試みだった。
意義
Significance技術の面で重要なのは、航法の計算機能を手首の時計に組み込んだ発想である。回転する目盛やベゼルを操作子として使い、時刻合わせや角度の読み取りを盤上で行う。この考え方は、計算尺を回転ベゼルに載せたブライトリングのナビタイマー(1952年)へとつながる。複数の時間帯を扱うGMTやワールドタイムの系譜にも、遠く接続する。時計が時刻を示すだけでなく、計算の補助具となった点が新しい。
意匠の面では、回転ベゼルという要素が後の道具時計の語彙となった。ロンジンは自社の秒設定時計を、回転ベゼルを備えた最初期の例のひとつに数える。ただし秒設定の同期には中央の回転目盛も用いられ、ベゼルとの先後や『世界初』の主張には諸説があり、断定はできない。それでも、外周を回して情報を読む発想は、後のダイバーズの逆回転ベゼルやパイロット時計の計算ベゼルへとつながっていく。
手袋のまま巻ける大きなリューズや、視認を優先した大径ケースは、実用の要求から生まれた航空時計の意匠である。これらの時計は道具として記録飛行に用いられ、太平洋横断や女性飛行士の長距離記録に同行したと伝わる。後年のロンジンは両者を記念モデルとして繰り返し復刻している。