本文へ
← 腕時計史 · 第4章 黄金期
腕時計史 · MILESTONE — 第4章 黄金期
1957

ハミルトン ベンチュラ(電気式)

動力を担ってきたぜんまいを電池が置き換える——1957年のベンチュラは、機械式が独占してきた腕時計に電子化の入り口を開いた。

§ 00 Overview

1957年1月3日、米国のハミルトンはニューヨークの記者会見で電気式腕時計ベンチュラを発表した。ぜんまいではなく小さな電池を動力源とし、テンプに組み込んだコイルと永久磁石の反発で振動を維持する仕組みである。リチャード・アービブが手がけた左右非対称の楯形ケースが、その先進性を印象づけた。量産・市販された電気式腕時計としては最初とされ、ぜんまいが長く独占してきた腕時計の動力に、初めて電池という選択肢を加えた。ただし初期のキャリバー500は接点の信頼性に難があり、返品も相次いだ。電池を動力に用いる挑戦は、後の音叉式やクォーツへと続く電子化の出発点となった。

§ 01 Background

1957年以前、腕時計の動力源はぜんまい一択だった。手で巻くか自動巻のローターで巻き上げるかの違いはあれ、ほどけるぜんまいの力が歯車列を回し、脱進機を介してテンプを振らせる。16世紀のぜんまい式携帯時計以来、この基本構造はほとんど変わっていなかった。

第二次大戦後の米国では、この前提を覆そうとする動きが各社で進んでいた。電池という小型の電源を腕時計に組み込めれば、ぜんまいの巻き上げから解放され、安定した動力が長く得られる。ハミルトンの技術陣は1947年ごろから開発に着手していたとされる。課題は二つあった。腕時計に収まる小さな電池を作ること、そして電流でテンプを振らせる調速の仕組みを成立させることである。

同じ着想は米国のエルジンやフランスのリップも追っていた。両社も1950年代初頭から電気式腕時計を手がけていたが、製品化ではハミルトンに後れた。誰が最初に市場へ届けるか——その競争がハミルトンを駆り立てた。

§ 02 The Event

1957年1月3日、ハミルトンはニューヨークのサヴォイ・プラザ・ホテルで記者会見を開いた。集まった報道関係者は120名を超え、発表内容は500を超える新聞で報じられたと伝わる。同社が披露したのは、電池を動力源とする二つのモデルだった。左右非対称の楯形ケースをまとうベンチュラと、保守的な丸形ケースのヴァン・ホーンである。

両者に共通する心臓部が、キャリバー500だった。ぜんまいは持たない。動力は小さなボタン電池が供給する。テンプの一部に細い導線を巻いたコイルが据えられ、地板側には永久磁石が固定されている。テンプが振れる一瞬、接点が電池とコイルをつなぎ、コイルが電磁石となる。このコイルと永久磁石が反発し合い、テンプを振り続ける力が生まれる。調速そのものはテンプとヒゲゼンマイが担うため、運針は機械式に近い。電子部品は使わず、トランジスタも持たない電気機械式だった。

ベンチュラの楯形は、工業デザイナーのリチャード・アービブが手がけた。文字盤・ケース・バンドを一体の造形として捉える発想で、近未来を思わせる姿は宣伝でも強調された。

もっとも、技術の新しさと完成度は別だった。発表の反響に押されて市販を急いだ結果、初期の個体は接点の不安定さから止まりやすく、返品が相次いだ。ハミルトンは改良を重ね、1961年には信頼性を高めたキャリバー505を投入している。14金ケースの当初価格は200ドル、ベンチュラの生産数は1万本を超えたと見られている。

§ 03 Significance

ベンチュラの意義は、市販の腕時計として初めて動力源に電池を据えた点にある。ぜんまいが占めてきた動力に、別の選択肢が示された。調速はなおテンプが担っていたから、これは機械式と電子式の中間に位置する過渡的な技術だった。ぜんまいを巻く手間がなくなり、電池一つでおよそ一年動く点も、それまでの時計にない特徴だった。

1960年にはブローバが音叉式のアキュトロンを発表し、調速の担い手がテンプから音叉へと替わる。1969年にはセイコーのアストロンが水晶振動子による調速を実現し、クォーツ革命が始まる。電池でテンプを駆動するベンチュラの方式自体は主流とならなかったが、ぜんまいから電池、音叉、クォーツへと続く動力と精度の系譜は、この一作から分岐していった。

技術的に先んじても、それが米国の時計産業を救うことはなかった。ハミルトンは鉄道時計の名門として量産技術を磨いてきたが、電気式という賭けは産業の衰退を押しとどめられなかった。やがて電子化の主導権はスイスと日本へ移り、ハミルトン自身も後にスイス資本のもとへ入る。一方でベンチュラの楯形は、1961年の映画でエルヴィス・プレスリーが着用したことで広く知られ、意匠の象徴として復刻が続いている。

← 年表へ戻る