ブローバ アキュトロン(音叉式)
機械式の心臓部であるテンプを捨て、音叉の共振を時間の基準に据える——ブローバ アキュトロンは時計を電子の領域へ踏み出させた。
概要
Overview1960年10月、米国のブローバはアキュトロンを発表した。機械式時計の調速を担ってきたテンプとヒゲゼンマイを持たず、毎秒360回振動する音叉を時間の基準に用いる点が新しかった。音叉は電池と1個のトランジスタによる電子回路で駆動され、その振動を微小な爪と歯車が回転運動へ変える。精度は月差1分以内をうたい、当時の量産機械式を上回った。針は段を刻まず滑らかに進み、運針音の代わりに小さな唸りを発した。開発の中心はスイス出身の技術者マックス・ヘッツェルである。テンプに頼らない電子式が高い精度を実現できることを示した本機は、のちのクォーツへ続く電子化の道筋に位置する。
背景
Background機械式時計は長く、テンプとヒゲゼンマイの往復運動を時間の基準としてきた。テンプは円輪が左右に振れ、その周期をヒゲゼンマイの弾力が決める。振動数は毎秒数回にとどまり、姿勢や温度、潤滑油の劣化に精度が左右され、衝撃にも弱かった。日常の精度には、こうした機械的な制約がつきまとった。
第二次大戦後、米国の時計産業はこの制約を電気の力で越えようとした。1957年、ハミルトンは電池でテンプを駆動する電気式腕時計を発表する。ぜんまいの巻き上げから解放された点は新しかったが、時間の基準はなおテンプとヒゲゼンマイにあり、精度そのものは機械式の延長にとどまった。
この時期、計時の発想を変える部品が実用域に入りつつあった。固有の周期で安定して振動する音叉と、わずかな電流で動作する小型のトランジスタである。音叉は古くから楽器の調律に使われ、その振動が正確で持続的なことは知られていた。これを電子回路で振動させ続け、時計の基準に用いれば、テンプの限界を離れた精度が見込める。電子部品の小型化が、その構想を腕時計の大きさで成立させる条件を整えつつあった。
出来事
The Event1960年10月10日、ブローバはニューヨークでアキュトロンを公にした。名は精度を意味するaccuracyと電子を意味するelectronicを組み合わせた造語である。量産は同年11月に始まり、市販は翌年にかけて本格化した。
開発の中心は、1950年にブローバへ加わったスイス出身の技術者マックス・ヘッツェルだった。彼は1953年ごろに動作する試作機を仕上げ、その後ニューヨークの開発陣が量産用のキャリバー214へと仕立てた。
機構の核は音叉にある。U字形の音叉は電池と1個のトランジスタによる電子回路で駆動され、毎秒360回という一定の周期で振動を続ける。音叉の先には微小な爪が付き、歯を細かく刻んだ指標車を一方向へ少しずつ送る。こうして音叉の往復運動が歯車列の回転へ変換され、針が動く。テンプもヒゲゼンマイも持たない、機械式とは異なる調速の仕組みである。指標車の歯は肉眼で見分けられないほど細かく、これを正確に作ることが量産化の難所だった。
振動数の高さは精度に直結した。ブローバは月差1分以内を保証としてうたい、当時の量産機械式を上回る安定を示した。秒針は段を刻まず滑らかに進み、運針音の代わりに音叉のごく小さな唸りを発した。販売店向けには、機構を見せるため文字盤を外した展示用の個体が作られた。透けた音叉と回路が評判を呼び、やがてスペースビューの名で市販されるようになった。214は1968年までに40万個を超えて作られ、音叉式の代表的なムーブメントとなった。
意義
Significanceアキュトロンの意義は、時間の基準を機械の往復から電子で励起する共振へ移した点にある。テンプの代わりに音叉という共振体を置き、それを電子回路で振動させ続ける——この構図は、のちにクォーツ時計が水晶振動子で完成させる原理を先取りしていた。
高い精度は実用の場で評価された。米国の鉄道用時計の基準を満たした初の腕時計とされ、NASAの宇宙計画では計器盤の時計として複数の有人ミッションに用いられた。スイスのエボーシュ社やオメガも音叉式を採り入れ、技術は一時広がりを見せた。ウォルサムやエルジンが量産で築いた米国時計の系譜にあって、アキュトロンは技術で先頭に立った到達点でもあった。
もっとも、音叉式の優位は長く続かなかった。1969年に水晶振動子を用いたクォーツ腕時計が現れると、桁違いの精度と量産性の前に、音叉式は急速に退く。電子化の橋渡しを果たしながら、その先で本流とはならなかった機構である。それでも、機械の振動から電子の共振へと計時の基準を移した一歩は、現代の電子時計へ続く転換点として記録される。