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COMPLICATION · RATTRAPANTE

ラトラパント

Rattrapante

重ねた二本の秒針で中間時間を計測する分割秒針機構。19世紀の発明を礎に20世紀に腕時計化された複雑機構の代表格

発明者
ヨゼフ・タデウス・ウィナール
inventor
発明年
1838
patented
分類
クロノグラフ
classification
01
Overview · 概要

ラトラパント(Rattrapante)は、文字盤中央に重ねた二本の秒針を備え、片方を独立して停止・追従させられるクロノグラフの派生機構である。フランス語「rattraper(追いつく)」に由来し、英語ではsplit-seconds chronograph、ドイツ語ではDoppelchronographとも呼ばれる。1838年にヨゼフ・タデウス・ウィナールが原型を発表し、1862年にアドルフ・ニコルが現代型の基本構造を確立した。腕時計への搭載は1923年のPatek Philippe製と伝わる。通常のクロノグラフより部品点数が大きく増えるため、高級複雑機構の代表格に位置づけられる。

02
Principle · 仕組み・原理

仕組み・原理

1. 基本動作

ラトラパントは、文字盤の中央軸に二本の秒針を重ねて配置し、両者を同時に始動させた後、片方だけを独立して停止・再起動できる派生クロノグラフである。停止された秒針は中間時間を示し、もう一方の秒針は計時を続ける。再びラトラパント用のプッシャーを押すと、止まっていた秒針は瞬時に走行中の秒針へ追いつく。この「追いつく」動作こそ、フランス語rattraperの名の由来である。

操作には通常、三つのプッシャーが用いられる。始動・停止、リセット、そしてラトラパント(分離・追従)である。F.P. Journeの一部モデルのように、すべてを一つのボタンに集約したモノプッシャー方式の実装も存在する。用途としては、ラップタイム計測、並行する二事象の比較計時、競技時の中間タイム確認などが挙げられる。

2. 二重秒針とハート型カム

伝統的なラトラパントは、二つのコラムホイールを軸に構成される。一つは通常のクロノグラフの始動・停止・リセットを司り、もう一つがラトラパント秒針の分離と再結合を制御する。

文字盤の中心軸は二重構造になっており、内側の軸にラトラパント秒針が、外側の軸にクロノグラフ秒針が取り付けられる。両者の同期は、ラトラパント車に固定されたハート型カム(heart cam)と、その最深部に押し付けられたバネ仕掛けのレバーによって保たれる。レバーの先端にはルビー製のローラーまたはハンマーが据えられ、低摩擦で二輪を一体化させている。

ラトラパントボタンが押されると、二つの爪状のクランプがラトラパント車を挟み込み、その回転を瞬時に止める。クロノグラフ秒針側は走行を続け、両秒針が分離する。ボタンを再度押すとクランプが開き、バネに押されたレバーがハート型カムの最深部へ滑り戻ることで、止まっていた秒針が走行中の秒針の位置へ瞬時に追いつく仕組みである。

3. アイソレーターと近代の改良

設計上の難点は、ラトラパント秒針が止まっている間、走行を続けるクロノグラフ車のカム面とレバーが擦れ合い、摩擦が生じることにある。この摩擦は主機構のテンプ振幅低下を招き、精度に影響する可能性が指摘されてきた。これを抑える仕組みがアイソレーター(isolator)で、分離中の接触を物理的に断ち、摩擦を最小化する。

A. Lange & Söhneが2004年のDouble Splitで導入した切り離し機構(disengagement mechanism)では、専用の輪列がレバーをカムから持ち上げ、接触そのものを解消する設計が採られた。Breitling B03ムーブメントでは、クランプのつかみ面にゴム製のOリングを介在させる方式が特許化されている。アイソレーターの有無や方式は実装ごとに異なり、ムーブメントの個性を決定づける要素の一つとなっている。

03
History · 歴史

歴史

1. 19世紀の萌芽

分割秒針の概念は、19世紀前半のフランス系時計学に起源を持つ。1828年、ルイ=フレデリック・ペルレが分割秒針機構の特許を取得したと伝わる。続いて1831年、ブレゲ工房に在籍していたオーストリア出身の時計師ヨゼフ・タデウス・ウィナールが、ムーブメント本体とは独立して停止・始動できる秒針(seconde indépendante)を備えた懐中時計を制作した。

ウィナールはこの研究を発展させ、1838年に二本の重ねた秒針を持つ最初の機構を発表した。これが現在ラトラパントと呼ばれる構造の起点とされる。ただし初期のウィナール式は両秒針をゼロ復帰させることができず、実用面に限界を抱えていた。

2. ニコルによる現代型の確立

スイス・ヴァレー・ド・ジュー出身でロンドンを拠点としていたアドルフ・ニコルは、1844年にハート型カム(zero-reset heart cam)による即時ゼロ復帰機構の特許を取得した。この心臓部とも言える部品は、現在もほぼすべての機械式クロノグラフに使われ続けている。

1862年、ニコルはこの機構を懐中時計に組み込み、現代のクロノグラフが備える三機能、すなわち始動・停止・リセットを単一の時計内で実現した。同設計はラトラパント秒針への応用にも開かれており、その後の発展の土台となった。1880年頃にはオーギュスト・ボーが、それまで文字盤側に配置されていたクロノグラフとラトラパント機構を裏面側へ移し、調整と保守を容易にしたと伝わる。

3. 腕時計化と20世紀の到達点

懐中時計のラトラパント機構が腕時計サイズに収まるまでには長い時間を要した。Patek Philippeが1923年に世界初の分割秒針クロノグラフ腕時計を製作したと伝わり、現存する個体は1999年のオークションで約300万米ドルで落札されている。

その後ラトラパントは長らく高級複雑機構として少数生産の領域に留まったが、1992年、IWCの技術者リチャード・ハブリングが汎用ムーブメントValjoux 7750にカム式の分割秒針モジュールを追加する方式を考案し、状況を一変させた。IWC Pilot Doppelchronograph Ref.3711等に搭載されたこの機構は、伝統的な二コラムホイール式より大幅に低コストでありながら堅牢で、ラトラパントの普及に寄与した。特許失効後の2012年以降は、ハブリング自身の独立ブランドHabring²でも同設計が用いられている。

4. 多軸ラトラパントの登場

派生機構の到達点として、A. Lange & Söhneは2004年にDouble Splitを、2018年にTriple Splitを発表した。前者は秒と分の両方を分割可能とし、ラップタイム計測の範囲を従来の60秒から30分に拡張した。後者はさらに時間軸を加え、最長12時間にわたる比較計時を一個の腕時計上で可能にした世界初の機構である。これらには専用の切り離し機構が組み込まれ、長時間の分離計測中も振幅低下を抑える設計となっている。

04
Implementations · 代表的な実装

代表的な実装

Patek Philippe Ref.5370は、現代の伝統的ラトラパントの典型例である。搭載されるCal.CHR 29-535 PSは二つのコラムホイールと水平クラッチを用いた古典的構成を持ち、312個の部品で構成される。同一構造の非ラトラパント版Ref.5170(269部品)との比較から、分割秒針機構が要求する追加部品の規模が読み取れる。Patekはこの系譜をRef.5959(Cal. CHR 27-525 PS、約5.25mm厚)など多様な実装で深めてきた。

A. Lange & Söhneは2004年のDouble Split以降、ラトラパント機構の限界を更新し続けている。Triple SplitのCal. L132.1は567部品から構成され、秒・分・時の三対全てを独立分離・再結合できる。同社の通常のラトラパントである1815 Rattrapante(Cal. L101.2)は古典的な二コラムホイール構成を保ちつつ、ハニーゴールド限定版で高度な仕上げの一例を示した。

IWCは1992年のCal.79230(Doppelchronograph)で、Valjoux 7750にハブリング式カム機構を組み合わせる方式を導入し、ラトラパントの普及帯化に大きく貢献した。Pilot DoppelchronographやPortugieser Chronograph Rattrapanteなど複数のシリーズに展開されている。同設計の系譜は独立ブランドHabring²のDoppel Felix(Cal. A11R)に引き継がれ、より入手しやすい価格帯での実装を提供している。

F.P. JourneのLineSport Chronographe Rattrapanteは、Cal.1518を搭載した独立時計師による現代型の実装である。モノプッシャー方式を採り、ムーブメント厚6.8mmという薄型構成でビッグデート機構との両立を実現した。Breitling Navitimer RattrapanteのCal. B03はOリングを用いた特許クランプ機構を備え、Petermann Bédat Ref.2941は単一プッシャーと瞬間分送り機構を組み合わせるなど、独立系工房による多様な再解釈が近年進んでいる。

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References · 搭載モデル