ジュエリー
宝石のセッティングと意匠を主役に据え、計時機能を装飾の一部として織り込んだ腕時計の系譜
宝飾性を主体とした装飾時計の系譜。時刻表示よりも貴金属と宝石による意匠を中心に据え、カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、ピアジェなどが伝統を担う。パヴェセッティングやハイジュエリーウォッチ、シークレットウォッチなど、女性向けジュエラー由来の表現が中心をなす。
ジュエリーウォッチ(jewelry watch)は、宝石のセッティングや貴金属の意匠を主役とし、計時機能をその一部として組み込んだ腕時計の総称である。ダイバーズウォッチのようなISO規格は存在せず、カテゴリの輪郭は「装飾を主、時刻表示を従とする」という設計思想によって定まる。時計は16世紀以来、長く装飾品として扱われてきた。ジュエリーウォッチはその最も古い系譜を現代へ引き継ぐ存在である。アール・デコ期にダイヤルを隠すシークレットウォッチが流行し、戦後はブルガリ「セルペンティ」やショパール「ハッピーダイヤモンド」が意匠の幅を広げた。手に取りやすい宝飾クォーツから、ハイジュエリーの一点物までを含む。
歴史
1. 装飾品としての時計の出発点
腕時計が精密機器として評価される以前、時計は長く装飾品の一種であった。16世紀のヨーロッパでは、エナメルや真珠、色石をあしらったペンダントウォッチやブローチウォッチが作られ、所有者の地位や趣味を映す宝飾品として扱われた。これらは計時の正確さよりも、見た目の美しさによって価値を測られた。
スイスで宝石をあしらった時計が発達した背景として、16世紀半ばのジュネーヴで装飾品の着用が制限され、宝飾職人が技術の活路を時計の装飾に求めたという説が語られる。ただしこの逸話は伝承の域を出ず、年代や経緯には諸説がある。確かなのは、時計が当初から「身を飾る道具」として求められてきたという点である。
2. アール・デコと腕の宝飾品の確立
ジュエリーウォッチを現代的な形へ押し上げたのは、1920年代から1930年代のアール・デコ運動である。幾何学的な形、左右対称の構成、精緻な仕上げという様式は、時計の意匠と自然に結びついた。ムーブメントの薄型化が進んだことで、細長いブレスレットウォッチやカクテルウォッチ、そしてダイヤルを隠すシークレットウォッチが作られるようになった。この時期、プラチナがジュエリーウォッチの主要な素材となった。
技術面でも転機が訪れる。1929年、ジャガー・ルクルトは世界最小の機械式ムーブメント「キャリバー101」を発表した。極小のムーブメントは、宝飾デザインに大きな自由を与えた。1933年にはヴァン クリーフ&アーペルが「ミステリーセッティング」の特許を取得し、爪を見せずに石を敷き詰める技法を世に広めた。
3. 戦後のアイコンの登場
第二次大戦後、ジュエリーウォッチは複数の象徴的なモデルを得る。1948年、ブルガリは蛇をかたどった「セルペンティ」のブレスレットウォッチを発表した。金の帯を芯に巻きつける「トゥボガス」技法による柔軟なバンドが特徴である。1950年代から1960年代には、宝石をあしらった目とエナメルの鱗を備えた写実的な蛇の形へと展開し、頭部を開くとダイヤルが現れる構造を持った。
カルティエでは、1930年代初頭にジャンヌ・トゥーサンの指揮のもと、彫刻的なジュエリーウォッチが生み出された。1976年にはショパールが「ハッピーダイヤモンド」を発表し、2枚のサファイアクリスタルの間で宝石が自由に動く独自の発想を示した。
4. ハイジュエリーウォッチとしての現在
現代では、ジュエリーウォッチは「ハイジュエリーウォッチ」という独立したカテゴリとして扱われている。カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、ピアジェといった宝飾と時計の双方を手がけるメゾンに加え、シャネルなども存在感を強めている。
近年は宝飾分野が比較的好調で、ジュエリーウォッチへの注目も高い。直近の「ウォッチズ&ワンダーズ」では、宝石のセッティングがダイヤルからブレスレットやクラスプへと広がる傾向が見られ、ブルガリは「セルペンティ アエテルナ」でスノーセッティングのダイヤルを採用した。装飾と計時の境界をあらためて問い直す動きが続いている。
特徴
1. 装飾を主役とする設計思想
ジュエリーウォッチを定義するのは、防水性能や耐久性といった機能基準ではなく、設計上の優先順位である。一般的な腕時計が計時を主目的とし装飾を付随的に扱うのに対し、ジュエリーウォッチは宝石細工や貴金属の意匠を主役に据え、時刻表示をその一部として組み込む。ダイバーズウォッチにおけるISO 6425のような統一規格は存在せず、カテゴリの輪郭は規格ではなく、この設計思想によって定まる。
そのため、ジュエリーウォッチの価値は時計としての精度よりも、素材の質と仕上げの技量によって語られることが多い。
2. 宝石セッティングの技法
ジュエリーウォッチの意匠言語の中心は、宝石をどう留めるかという技法にある。代表的な技法をいくつか挙げる。
パヴェセッティングは、地金に小さな穴を彫って石を埋め、爪や粒で固定する技法である。石を密に敷き詰めることで、面全体がひと続きに輝いて見える。スノーセッティングは、大きさの異なる石を不規則に配し、地金を見せずに雪が積もったような表情をつくる技法である。
インビジブルセッティング(ミステリーセッティング)は、石の側面に溝を切り、細いレールへ滑り込ませて留める技法で、爪や地金が表から一切見えない。ヴァン クリーフ&アーペルが1933年に特許を取得した技法として知られるが、同種の技法は他社でも研究されており、同社が唯一の起源とは限らない。バゲットカットの石を並べる手法も、直線的な輝きを生む意匠としてよく用いられる。
3. シークレットウォッチという派生
ジュエリーウォッチには、ダイヤルを意図的に隠す「シークレットウォッチ」という派生形がある。宝石をあしらった蓋の下にダイヤルを収め、一見するとブレスレットや装身具に見える構造を持つ。蓋を開けて初めて時刻が現れる。
この形式はアール・デコ期に流行した。公の場で時計を見る仕草が無作法とされた時代に、女性が控えめに時刻を確認する手段として機能したと言われる。現代では作法の事情は変わったが、隠された機構の意外性が魅力として受け継がれている。ブレスレットやカフ、ロングネックレスと一体化したものなど、形態は幅広い。
4. ドレスウォッチとの違い
ジュエリーウォッチは、しばしばドレスウォッチと混同される。両者はともに装いの場で用いられるが、性格は異なる。ドレスウォッチは薄さと簡潔さによる抑制された美を志向し、装飾は最小限にとどめる。これに対しジュエリーウォッチは、宝石と意匠を積極的に見せることを目的とする。前者が控えめさの美学であるのに対し、後者は装飾そのものを主張する点で立場が分かれる。
代表的なモデル
カテゴリの幅を示す代表的なモデルを、複数のメゾンから挙げる。
ジャガー・ルクルトの「キャリバー101」は、1929年発表の世界最小の機械式ムーブメントで、現在もその記録を保つとされる。14×4.8mm、重さ約1gという極小のサイズは、宝飾デザインに大きな自由を与えた。これを搭載する「101 ジョアイユリー」は、時計技術とジュエリーの融合を象徴する存在である。
ヴァン クリーフ&アーペルのシークレットウォッチは、1920年代から続く同メゾンの代表的な系譜である。「リュド」をはじめとするモデルは、宝石をあしらった蓋の下にマザーオブパールのダイヤルを隠し、隠された時間という主題を体現する。
ブルガリの「セルペンティ」は、1948年に登場した蛇をモチーフとするモデルで、ジュエリーウォッチのなかでも特に彫刻的な一本である。トゥボガス技法によるバンドや、宝石をあしらった蛇の頭部が意匠の核をなす。
ショパールの「ハッピーダイヤモンド」は、1976年発表のモデルである。2枚のサファイアクリスタルの間で宝石が自由に動くという発想は、宝石を留めるのではなく解き放つという点で独創的であった。
カルティエの「ベニュワール」は、縦長の楕円形ケースを持つシェイプドウォッチで、宝石をあしらった仕様も多い。ケース形状そのものを意匠とする系譜を代表するモデルである。
ピアジェは、1960年代から宝石質の硬石をダイヤルに用いる手法を展開してきた。マラカイトやラピスラズリといった石そのものを意匠とするダイヤルは、近年あらためて注目を集めている。
これらは、比較的手に取りやすい宝飾クォーツからハイジュエリーの一点物までを含む幅広いカテゴリの、一部にすぎない。