設計思想
スムースベゼル系の三本目として
2018年3月のバーゼルワールドで、TudorはBlack Bay 32 (Ref. 79580) を発表した。これは2016年発表のBlack Bay 36 (Ref. 79500)、2017年発表のBlack Bay 41 (Ref. 79540) に続く、固定ポリッシュドベゼルを採用したBlack Bayサブファミリーの三本目にあたる。回転ダイバーズベゼルを備える「クラシック」Black Bayとは別系統として、ダイバーズツール由来の意匠を残しつつ、装着シーンを日常側に振り直した派生系列の完成形といえる。
Black Bay 32 は、このサブファミリー内で最小径として位置づけられた。発表時の販促では、Tudorはブランドアンバサダーであるレディー・ガガを起用し、機械式ダイバーズの仕様をそのままダウンサイズした32mmに身につけたい層を主軸として打ち出している。「女性専用」と謳ったわけではなく、小ぶりな手首を持つ層全般を対象とする、ユニセックス寄りの設計と位置づけられた。
前任なき派生Ref
Black Bay 32 には、Tudorの過去カタログに直接の前身モデルが存在しない。歴代の同社サブマリーナ系列で32mmという小径ケースが採用された例はなく、本機は系譜のなかで新規に追加されたサイズである。設計の基本骨格は同時期に並走していた36mmおよび41mmと共通であり、ダイヤルレイアウト、針形状、リューズ意匠はそのまま継承された。
そのため story の主題は「前任Refからの世代交代」ではなく「Black Bayという意匠言語の小径化」となる。1969年カタログのRef. 7016由来とされる角張ったスノーフレーク針を、32mm文字盤の限られた面積に収めるバランス設計が、本機固有の課題であった。
後継世代への接続
2022年から2023年にかけて、Tudorはこのスムースベゼル系列の全面刷新を行った。Watches and Wonders 2022 で発表された新世代では、ケース径は32mmから31mmへと再設定され、ムーブメントも汎用キャリバーから自社製マニュファクチュールキャリバーMT5201へと置き換えられた。ブレスレットはオイスター系3連リンクから5連リンクへ、クラスプはT-fit機構を備えたものへ刷新されている。
Ref. 79580 はこの世代交代をもって生産終了となり、ETAベースのキャリバーを搭載するBlack Bayスムースベゼル系列としては最終世代を区切るRefとなった。後継の31mm世代はその後再編され、現在は「Black Bay One」コレクションとして展開されている。本機と新世代を並べると、Black Bayという意匠そのものは保持されつつ、ケース造形・ブレス構成・ムーブメント基盤のすべてが入れ替わった構図が見える。
意匠分析
Black Bay 32 のケースは32mmのステンレススチールで、ケース厚は約10mm、ラグ間距離は約39mmと、Black Bay系列のなかでも特にコンパクトな数値にまとめられている。ケース側面はサテン仕上げ、ベゼルおよびエッジはポリッシュ仕上げという、Black Bay全般に共通する切り分けを踏襲する。リューズはチューダー薔薇を浮き彫りにしたスクリューダウン式で、1958年のRef. 7924由来とされる大型リューズの意匠を縮小して再現している。
ベゼルは回転機構を持たない固定式のポリッシュドベゼルである。これはBlack Bay系列における「ツール感の希釈」を象徴する選択であり、装着シーンをダイビングから日常へとシフトさせる意図が読み取れる。ダイヤルは黒のフラットラッカー仕上げで、表面の凹凸を抑えた平坦な構成とし、文字盤側で視認性を確保する。
夜光素材は針およびインデックス全体に塗布される。インデックスは12時位置に三角、3時・6時・9時位置に長方形、その他に円形が配されるBlack Bay定番のレイアウトを、32mmという小径文字盤のスケールに合わせて再配置している。針はBlack Bay系列の標識ともいえるスノーフレーク針で、本機の発表前から複数のBlack Bayで採用されてきた1969年カタログ由来の角張った時針意匠を継承する。
ムーブメントはETA Cal.2824ベースの自動巻きで、Tudor社内呼称はCal.T600とされる。毎時28,800振動 (4Hz)、パワーリザーブは約38時間、停秒機構を備える。汎用キャリバーながら、薄型な機械の選択は結果的にケース厚を抑える方向に寄与しており、32mmという小径ケースで約10mm厚というフラットなプロポーションを実現している点は本機の特徴である。
ブレスレットはオイスター系3リンク構造のステンレススチール製で、サテン仕上げを基調にコマ側面にポリッシュを入れる。クラスプはフォールドオーバー式のセーフティ付きで、後年の世代で標準化されるT-fit式微調整機構はこの世代にはまだ採用されていない。
系譜と歴史
Ref. 79580 は2018年3月、スイスのバーゼルワールド2018にて Black Bay 32 として発表された。発表時のラインアップは、ブラックダイヤル+ステンレスブレス (Ref. 79580-0001)、ブルーダイヤル+ステンレスブレス (Ref. 79580-0003)、ブラックダイヤル+ファブリックストラップ (Ref. 79580-0006)、ブラウンレザーストラップ (Ref. 79580-0004) の構成で、文字盤2色とストラップ3種を組み合わせるパターンであった。Black Bay系列の慣例に従い、ステンレスブレス購入時にもファブリックストラップが同梱される仕様が継承されている。
2019年には、ステンレススチールにイエローゴールドを組み合わせたS&G (Steel and Gold) 仕様の派生として Ref. 79583 が追加された。素材構成のみが異なる兄弟Refであり、ケース径、防水、ムーブメント、ダイヤルレイアウトは Ref. 79580 と共通する。
Ref. 79580 の生産は、2022年から2023年にかけて段階的に終了したと伝わる。2022年4月のWatches and Wondersで、Tudorはスムースベゼル系列の全面刷新を発表し、ケース径を31mmへ縮小、ムーブメントを自社製キャリバーMT5201へ置き換えた新世代を投入している。これにより Black Bay 32 はラインから外れ、後継の31mm世代へバトンが渡された。
なお本機の生産期間中、ダイヤル印字やインデックスの仕様について、世代を分けるような大きな仕様変更は公式に告知されていない。