設計思想
1. 2019年、Trésorに加わった「素材」
Ref. 435.13.40.21.03.001は、2019年5月にスイスで開催されたOmegaの独自メディアイベント「Time to Move」で発表された一本である。流通の開始は同年8月、発表時のスイス国内希望小売価格は6,000 CHFであった。
このRefが持つ意味は、De Ville Trésorコレクションが初めて貴金属以外の素材を纏ったことにある。2014年のバーゼルワールドで再始動したTrésorは、当初Sednaゴールド、18Kイエローゴールド、ホワイトゴールドの3種のみで展開されており、ステンレススチールという最も普及した素材が加わるまでには5年の歳月を要した。
2. 1949年のオリジナルとの距離
Trésorの名は、1949年にOmegaが発表した薄型ドレスウォッチに由来する。同名の初代モデルは、口径30mmの名作キャリバー30を37.5mmの薄型ゴールドケースに収めたもので、その繊細な仕立てから「宝物」を意味するTrésorと呼ばれたと伝わる。
現代のDe Ville Trésorは、その薄型のプロポーションと簡素な意匠を引き継ぎながらも、ケース径を40mmへと拡大し、内部にはMaster Chronometer認証の手巻きムーブメントを納めた。本Refはその系譜の中で、初めて多くの愛好家に手の届く価格帯に降りてきたモデルである。
3. 「装飾を控えた本気」というコントラスト
ドレスウォッチに15,000ガウス耐磁を備えることは過剰だ、という見方もある。一方で、OmegaがTrésorにMaster Chronometerを与えた選択は、現代のフォーマルな時計こそ磁気と隣り合わせに置かれるという現実を見据えたものとも読める。スマートフォン、ノートPC、バッグの金属クラスプなど、現代の身辺は磁場で満ちている。
本Refは、装飾の慎ましさと内部スペックの徹底というコントラストを、最も素直な形で示している。
意匠分析
ケースは40mm径、厚さ10.05mm、ラグ・トゥ・ラグ44.80mmの316Lステンレススチール製。総重量はストラップ込みで約59g。表面は全面ポリッシュ仕上げで、ラグは緩やかな下向きカーブを描いて手首に沿う。この曲線は2014年の金モデルと共通し、1949年のオリジナルから引き継がれた意匠である。
風防にはボックス型のサファイアクリスタルが採用される。両面に反射防止コーティングを施し、わずかに盛り上がった形状が、薄型ケースに奥行きと品格を与える。ケース厚はわずか10.05mmに抑えられた。
ダイヤルはドーム形状で、真鍮プレートに微細なパターンを型押ししたブルー仕上げ。光の角度によって表情を変えるテクスチャは、平板なラッカー仕上げとは異なる視覚的な奥行きを生む。植字インデックスとハンドはいずれも18Kホワイトゴールドで、ダイヤルの湾曲に沿ってわずかに曲げ加工されている。日付窓は6時位置に控えめに切られ、文字盤の対称性を崩さない。
ストラップは20mm幅のブルー・アリゲーターレザー。クラスプはスティール製のピンバックルで、フォールディングクラスプを採用しない素直な構成が、ドレスウォッチの古典的な慎ましさに沿う。
裏蓋もサファイアクリスタル製のシースルー仕様で、手巻きCal.8910のムーブメントが露出する。3本のブリッジが中心から放射状に伸び、各面にはジュネーブストライプの装飾が施される。2つの香箱が直列に配置された構造により、72時間のパワーリザーブが確保されている。
系譜と歴史
2019年5月、スイスで開催されたOmega独自のメディアイベント「Time to Move」において、De Ville Trésorのスティール仕様として、ブルーダイヤルのRef. 435.13.40.21.03.001と、シルバリー・オパリーンダイヤルのRef. 435.13.40.21.02.001が同時に発表された。正規流通の開始は同年8月、発表時のスイス国内希望小売価格は6,000 CHFであった。
このスティール仕様は、2014年のバーゼルワールドで貴金属素材のみで再始動したコレクションが、5年を経て初めて非貴金属の領域に踏み込んだ転機にあたる。同時期にはレディース向け36mm・39mmモデルが2018年バーゼルワールドで、125周年記念モデル(Ref. 435.53.40.21.11.001、Sednaゴールド+赤エナメル文字盤)が2019年1月に発表されており、Trésorコレクション全体が拡張期にあった。
2021年3月には小秒針版(Cal.8926搭載、ブルーダイヤルのRef. 435.13.40.21.03.002など)と、パワーリザーブ表示版が加わり、Trésorは3針日付・小秒針・小秒針+パワーリザーブの3系統に整理された。本Refはこのうち、最も古典的なセンターセコンド+日付の構成を保つ。
2026年5月時点で、本Refは公式サイトおよび正規流通網で継続して取り扱われる現行モデルである。