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腕時計史 · MILESTONE — 第2章 腕時計の誕生
1915-1918

夜光・保護グリル・ワイヤーラグ

暗闇で時刻を読み、衝撃に耐える——塹壕が腕時計に課した条件が、後のツールウォッチの意匠を準備した。

§ 00 Overview

第一次世界大戦(1914-1918)の塹壕は、腕時計に過酷な条件を課した。夜は灯火を使えず、砲撃は絶えず破片を飛ばし、泥と衝撃が機構を脅かした。この環境に応えて、文字盤と針に放射性のラジウム塗料を塗った夜光表示、風防を覆う金属製の保護グリル、ケースに線材のラグを溶接して革バンドを通すワイヤーラグといった工夫が広まった。いずれも装飾ではなく、視認性と堅牢性という実用の要求から生まれた意匠である。これらは個別には大戦前から存在したが、塹壕という極限がそれらを一つの様式へまとめ上げた。ここで定まった意匠の語彙は、後の軍用時計やツールウォッチの源流となる。

§ 01 Background

第一次世界大戦は、腕時計が初めて大量に戦場へ持ち込まれた戦争だった。前線の将校は、移動弾幕に合わせて前進する作戦などで、互いの時刻を正確に揃える必要に迫られた。懐中時計を取り出して蓋を開ける所作は、狭く泥にまみれた塹壕では煩わしく、片手で読める腕時計が実用の道具として求められた。

もっとも、当時の腕時計の多くは、懐中時計を腕用に仕立て直した華奢なものだった。前線の条件は、その弱点を容赦なく突いた。夜間の作戦では明かりを灯せず、マッチを擦れば狙撃兵に位置を知られる危険があったため、暗闇で文字盤を読む手段がなかった。砲弾は炸裂すると一次の破片に加え、周囲の木材や鋼を二次の破片として飛ばし、もろいガラス風防を割った。泥や水の侵入、絶え間ない衝撃も、機構を狂わせる要因だった。

こうした問題に対し、時計は読みやすさと頑丈さを同時に備える必要に迫られた。この二つの要求が、塹壕の腕時計に固有の意匠を生む土壌となった。

§ 02 The Event

塹壕の腕時計を特徴づけた工夫は、おおむね三つに整理できる。

一つは夜光文字盤である。放射性のラジウムを硫化亜鉛と混ぜた塗料は、放射線で硫化亜鉛を光らせ、外光を当てなくても常時発光した。塗料を載せる面積を稼ぐため、アラビア数字と針は輪郭だけを残した大ぶりの骨組み状とされ、洋梨形のふくらみを持つ針はフランス語でポワール・スクレット(骨格の梨)と呼ばれた。これにより将校は、マッチを擦らずに暗がりで時刻を確かめられた。発光はやがて弱まるため、塗料は数年ごとに塗り直された。ラジウム塗料の文字盤自体は1910年ごろから現れていたが、大戦を機に将校用腕時計の事実上の標準となった。

二つめは風防を守る手立てである。砕けやすいガラス風防の問題に、メーカーは二通りで応じた。一つは保護グリルで、風防の上に切り抜きを設けた金属の格子をかぶせ、破片や打撃から守りつつ時刻を読めるようにした。もう一つはセルロイド製の割れにくい風防で、1915年末ごろに導入され、もろいガラスに代わって広まった。グリルはやがて、この割れにくい風防に役割を譲っていった。

三つめはワイヤーラグである。懐中時計のケースに線材のラグを溶接し、革やリボンのバンドを通して腕に巻いた。バンドは外套の袖の上から留められるよう、長めに作られることもあった。初期には懐中時計をそのまま仕立て直した個体が多く、やがて小型ムーブメント用の専用ケースが作られていく。線材のラグ自体は大戦前から見られたが、塹壕の腕時計の典型的な姿として定着した。

§ 03 Significance

塹壕の腕時計が残したものは、第一に意匠の語彙である。大きく読みやすいアラビア数字、暗闇で光る夜光の指標、衝撃に耐える構造。実戦の要求から生まれたこれらの要素は、装飾とは異なる美意識を時計に持ち込んだ。機能がそのまま見た目を決めるという発想は、後のパイロットウォッチやダイバーズに受け継がれ、ツールウォッチと総称される意匠の源流となった。なかでも現代のフィールドウォッチは、塹壕の腕時計を直接の祖型とする。骨組み状の数字とポワール・スクレットの針は、視認性を最優先する文字盤の原型として今も参照される。

第二に、技術の方向性である。読みやすさを担う夜光と、頑丈さを担う割れにくい風防は、それぞれ別の道をたどって発展する。ラジウムは1920年代末以降、塗布作業に従事した女性たちの健康被害が知られ、後にトリチウムや非放射性のスーパールミノバへ置き換えられた。割れにくい風防の追求は、アクリルから鉱物ガラス、サファイアへと続く。保護と視認を両立させる設計思想は、軍用時計の系譜のなかで仕様として明文化されていく。第二次大戦期のA-11やダーティー・ダースの規格が夜光と堅牢な風防を要件に挙げたのは、その延長線上にある。

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