自動巻機構の系譜
腕の動きをいかに無駄なくゼンマイへ変えるか——自動巻機構の歩みは、巻上げ効率と薄型化という二つの課題をめぐる工夫の連なりである。
要旨
Summary自動巻機構の発達は、腕の動きをいかに効率よくゼンマイの巻上げに変えるかをめぐって進んだ。18世紀の自動巻懐中時計は、動きの乏しいポケットの中では実用に届かなかった。腕時計の普及がこの発想を蘇らせる。1923年から24年のハーウッドはバンパー式で最初の量産自動巻腕時計とされ、1931年のロレックス パーペチュアルは全周を回るローターを標準とした。1958年のマイクロローターは薄型化を、1959年のセイコーのマジックレバーは少ない部品での効率を実現する。巻上げ効率と薄型化という二つの課題が、この系譜を貫いている。
解説
Overview自動巻の発想そのものは古い。18世紀後半には、歩行の振動で重りを動かしてゼンマイを巻く懐中時計が試みられていた。現代に通じる中央ローター式の機構も、すでにこの時期に示されていたと伝わる。いずれにせよ懐中時計はポケットの中でほとんど動かず、重りを駆動する力に乏しい。自動巻は理屈としては成立しても、実用には届かない発想にとどまった。20世紀に入り腕時計が普及すると状況が変わる。腕は絶えず動き、重りを回す力を生む。問題は、その動きをいかに無駄なくゼンマイの巻上げに変えるかという一点に絞られていった。
最初の量産された自動巻腕時計とされるのが、英国の時計師ジョン・ハーウッドの設計である。1923年に英国で、翌1924年にスイスで特許を取得した。中央で軸支された半円形の重りが、両端のばねに挟まれて往復するバンパー式だった。重りは全周は回らず、限られた弧を往復し、巻上げは一方向のみ。リューズを持たず、時刻合わせはベゼルの回転で行う。フォルティスが製品化し、1926年のバーゼルで披露された。だが重りがばねに当たる衝撃と、片方向巻上げの効率の低さが課題として残った。
バンパー式の制約を超えたのが、1931年にロレックスが特許を得たパーペチュアルである。エグレー社のエミール・ボレルが設計した。中央に据えた半円形のローターが、ばねに妨げられず全周を自由に回る。重りが衝撃なく回り続けることで、巻上げは静かで滑らかになった。ゼンマイには滑り機構が組み込まれ、巻きすぎを防ぐ。手巻も併用できた。当初のローターは全周を回りながらも巻上げは一方向で、両方向で巻く自由回転ローターは1942年のフェルサ・バイディネーターを待つ。自動巻機構を加えた分だけケースの裏蓋は膨らみ、後年バブルバックと呼ばれる丸みを帯びた。ロレックスの特許は1948年ごろに失効し、自由回転ローターは業界に広まった。
戦後は自動巻の改良が相次ぐ。1944年から1955年の間に、自動巻関連で200件ほどの特許が成立したと伝わる。1948年にはエテルナが、ローターの軸に微小なボールベアリングを用いて摩擦を抑えるエテルナマチックを発表した。1950年にはIWCが、アルベール・ペラトンの考案した爪式の巻上げ機構を実用化する。ローターとゼンマイを歯車で直結せず、偏心したカムで動く爪が歯車を送る。両方向の動きを巻上げに使え、衝撃が伝わりにくい効率の高い機構だった。
効率と並ぶもう一つの課題が薄さだった。通常のローターはムーブメントの上に重なるため、厚みを増やす。これを解いたのがマイクロローターである。1958年2月、ビューレンとユニバーサル・ジュネーブがジュネーブで相次いで発表した。小径のローターをムーブメントの地板に埋め込み、巻上げ機構を同じ平面に収める。ビューレンのスーパースレンダーは厚さ4.2ミリ、ユニバーサルのマイクロターは4.1ミリと、当時の自動巻として薄かった。1960年にはピアジェが厚さ2.3ミリの自動巻を示し、長く最薄級とされた。ローターが小さい分、重さによる巻上げ力は落ちる。効率と薄型化の両立が、その後の設計課題となった。この機構は、後の自動巻クロノグラフ キャリバー11にも組み込まれている。
1959年、諏訪精工舎は少ない部品で巻上げ効率を高めるマジックレバーを開発する。ジャイロマーベルに初めて積まれた。IWCのペラトン式を簡略化し、ローター中心から外れた偏心ピンに、二股の爪レバーを取り付けた。ローターがどちらに回っても、二本の爪が交互に歯車を送って巻上げる。部品が少なく、衝撃にも強い。グランドセイコーの一部や多くのセイコー機に採用され、他社にも供給された。この機構は半世紀を経てなお使われ、機械式動力と電子調速を組み合わせたスプリングドライブにも受け継がれている。巻上げ効率と薄型化という課題は、形を変えて現在も追われ続けている。