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腕時計史 · MILESTONE — 第2章 腕時計の誕生
1923-1924

ハーウッド自動巻

リューズという弱点を捨て、腕の動きそのものを動力に変える——ハーウッドの試みは、巻く手間と塵の侵入から腕時計を解き放とうとした。

§ 00 Overview

1923年、英国の時計師ジョン・ハーウッドは、腕の動きで自動的に巻き上がる腕時計を考案した。英国に続いてスイスでも特許を出願し、1924年9月に第106583号として認められる。自動巻の発想そのものは18世紀のペルレらの懐中時計に遡るが、腕に着ける時計で量産にこぎ着けた例はそれまでなかった。機構は半円形の錘がケース内を往復し、両端のばねに当たって反転しながらゼンマイを巻く『バンパー式』である。リューズを持たず、時刻はベゼルを回して合わせた。塵や湿気の入口だった巻き真の穴をなくす狙いもあった。量産品としては最初の自動巻腕時計とされ、後の自動巻時代の入口に位置づけられる一作である。

§ 01 Background

第一次大戦を経て、腕時計は男性の標準装備として定着していた。しかし当時の腕時計には、二つの弱点がつきまとう。一つは、毎日リューズを回して巻き上げる手間である。もう一つは、その巻き真がケースに開ける穴であった。リューズの軸を通すこの隙間こそ、精度を狂わせ部品を傷める塵や湿気の主な侵入口だった。

自動巻という発想自体は、決して新しくはなかった。18世紀後半には、アブラアン=ルイ・ペルレらが歩行の振動で巻き上がる懐中時計を作っていたと伝わる。ただしそれは懐中時計の話で、腕に着ける時計にそのまま移せるものではなかった。懐中時計は歩行に合わせて一定方向へ揺れるが、腕は前後左右へ不規則に動く。この多様な動きをどう動力に変えるかが、未解決の課題だった。

ジョン・ハーウッドは、ボルトン生まれの時計師である。第一次大戦では兵器係の軍曹を務め、復員後の1922年にマン島で時計修理業を始めた。持ち込まれる故障品を直すうちに、塵と湿気が時計を蝕む様を日々目にしていた。巻き真の穴さえなくせば、ケースを密閉して故障を減らせる——そう考えたとされる。シーソーで遊ぶ子供たちの動きが着想を与えたとも伝えられる。リューズを廃し、腕の動きだけで巻き上げる時計という構想が、こうして固まっていった。

§ 02 The Event

ハーウッドはまず1923年に英国で、続いてスイスでも特許を出願した。スイス連邦の特許は1924年9月1日に第106583号として認められる。この番号は、後の量産品のムーブメントにも刻まれることになる。

機構の核心は、軸で支えられた半円形の錘である。腕が動くと、この錘がケース内を往復して揺れる。可動範囲はおよそ270度に制限され、両端では小さなばねに当たって反転する。この往復運動が爪車を介してゼンマイを巻き上げた。錘が左右へ『跳ね返る』ことから、後にバンパー式と呼ばれる方式である。巻き上げは一方向の回転でのみ行われた。

外観上の特徴は、リューズを持たない点にある。巻き上げが自動なら巻き真は要らず、時刻合わせも別の方法が用意された。文字盤を囲むベゼルを回すと、その回転が針に伝わって時刻を合わせられる。文字盤の6時上には小窓があり、設定中か運針中かを色で示した。

実用化までの道のりは平坦ではなかった。自ら巻き上がる時計という発想を、当初スイスの製造業者は容易に引き受けなかった。最終的にムーブメントをA.シルト、ケースをフォルティスが手がける体制が整う。1926年のバーゼル見本市で、量産品の自動巻腕時計として公にされた。フランス向けにはブランパンが、北米向けには別会社がライセンス生産を担った。1928年にはハーウッド自動巻時計会社が英国販売のために設立される。だが世界恐慌の波が資金を絶ち、会社は1931年9月に行き詰まった。量産が続いたのは、わずか数年にとどまった。

§ 03 Significance

ハーウッドの意義は、自動巻という古い発想を腕時計の上で実用へ移した点にある。ペルレらが懐中時計で示した自巻の原理は、ここで初めて腕の上の量産品となった。リューズを廃した構造は、塵や湿気の入口を塞ぐ密閉ケースとも相性がよかった。巻く手間と故障の主因を同時に減らす——その方向性は後の自動巻に受け継がれる。

もっとも、バンパー式には限界もあった。錘の可動範囲が狭く、巻き上げの効率は高くない。1931年、ロレックスは360度を全回転するローター式を発表し、効率で上回った。ただし全回転式はロレックスの特許に守られ、他社はしばらく使えなかった。そのためバンパー式はその後も生き続け、オメガなどが長く採用している。ロレックスの特許が切れる1940年代末まで、他社の多くはバンパー式に頼った。

自動巻の系譜の上で、ハーウッドは一つの転換点に立つ。18世紀の懐中時計の自巻を受け継ぎ、全回転ローターへの橋渡しとなった。後年ロレックスが自社を量産自動巻の祖と広告し、ハーウッドが異議を唱えたとも伝わる。巻かれることを前提としてきた腕時計を、腕の動きで巻く時計へと変える——その第一歩を量産の形で示したことに、この発明の意義がある。

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