セイコー 6139
スイス勢との三つ巴のなか、垂直クラッチとコラムホイールを備えた一体型自動巻クロノが、量産品として静かに市場へ出た。
概要
Overview1969年、セイコーの諏訪精工舎は自動巻クロノグラフ用キャリバー6139を完成させ、5スポーツ スピードタイマーに搭載した。自動巻とクロノグラフの両立は当時の難題で、ゼニス、ホイヤーらの連合、セイコーの三者がほぼ同時期に挑んでいた。6139はコラムホイールと垂直クラッチを併せ持つ一体型で、始動を滑らかにする構造をとる。巻上げにはマジックレバーを用いた。現存する社内記録では1969年5月に店頭発売とされ、それより早い時期の個体も残る。発表の先後をめぐる議論は続くが、量産品として市場へ届いた点で先んじたとされ、日本の時計技術が世界の最前線に並んだ節目となった。
背景
Background1960年代まで、自動巻とクロノグラフを一つのムーブメントにまとめた腕時計は実現していなかった。どちらも個別には確立した技術である。だが、多くの部品と動力を要するクロノグラフに、巻上げ用のローターを重ねれば厚みは増す。両者を無理なく一体化することが、長く設計上の難所だった。
当時のクロノグラフは、計測の入切を歯車の横方向の噛み合わせで行う水平クラッチが主流だった。この方式では起動の瞬間に秒針が小さく跳ね、噛み合い部分の摩耗も避けにくい。一体型の自動巻クロノを成立させるには、機構の配置を根本から見直す必要があった。
1960年代末、この難題に複数の作り手が同時に挑んでいた。ゼニス、そしてホイヤーらの連合が知られるが、その経緯は各記事に譲る。日本では諏訪精工舎が、1959年に考案したマジックレバーで自動巻の蓄積を持ち、天文台コンクールでの実績を通じて精度技術を磨いていた。同社が6139と姉妹機6138の開発に着手したのは1967年とされ、すでに社内でクォーツ開発が進む只中での出発だった。
出来事
The Event1969年、諏訪精工舎はキャリバー6139を完成させ、セイコー5スポーツ スピードタイマーに載せて送り出した。自動巻とクロノグラフを一体に組み込んだムーブメントである。
機構上の要点は二つある。一つはコラムホイールで、計測の起動・停止・復針を柱状の歯車で制御する。もう一つは垂直クラッチで、円板状のばねを使い、計測用の車を上下方向に接離させる。横方向の噛み合わせで入切する水平クラッチと違い、始動時のぶれが出にくい。コラムホイールと垂直クラッチを併せ持つクロノグラフは、これが最初とされる。
巻上げには、回転錘の向きを問わず爪で主ゼンマイを巻くマジックレバーを用いた。テンプは毎時21,600振動で動く。文字盤は6時位置に30分積算計、3時位置に曜日と日付の窓を備え、いずれも早送り修正に対応した。中央の秒針はクロノグラフ専用で、常時動く小秒針は持たない。直径およそ27ミリ、厚さ6.5ミリ前後と、機構の多さのわりに小ぶりにまとめられていた。
発売の時期は、三つ巴の先後をめぐる論点と結びつく。セイコーは1969年2月に最初の広告を出している。当初の供給は日本国内向けだった。諏訪精工舎の社内記録は、店頭発売を同年5月21日とする。一方で、それより早い1969年初頭の刻印を持つ個体も現存する。三者がほぼ同時期に発表へ動くなか、量産品として店頭に並んだ点でセイコーが先んじたとする見方がある。
意義
Significance6139の意義は、三つ巴の一角という位置よりも、後世への技術的な波及にある。当時は新しかった垂直クラッチは、やがて高級クロノグラフの標準的な要素となり、1980年代以降に多くの作り手が同様の構造を採り入れた。現代の自動巻クロノの礎とされるフレデリック・ピゲのキャリバー1185も、この発想を踏まえて生まれている。
もう一つは、長く欧州が磨いてきたクロノグラフという複雑機構を、量産品として送り出した点である。6139は技巧を誇示する高級機ではなく、当時のスイス製より抑えた価格で各国に広がり、レーサーや冒険者の腕に渡った。1970年には12時間積算計を備えた姉妹機6138が加わり、シリーズは1970年代を通じて作られた。1973年には宇宙飛行士ウィリアム・ポーグがスカイラブ計画の飛行で携行している。1968年の天文台コンクールでの健闘や、同じ1969年末のクォーツ実用化と並べれば、6139は日本の時計づくりが一つの到達点に立った証しといえる。