本文へ
← 腕時計史 · 第7章 現代
腕時計史 · MILESTONE — 第7章 現代
2010s

メディア/SNSによるハイプと入手難

時計の価値は、店頭の値札ではなく画面の向こうで決まるようになった。2010年代、情報の流れが市場の力学そのものを書き換えた。

§ 00 Overview

2010年代、ウォッチブログやSNSの普及で時計の情報が一気に拡散した。Hodinkeeなどの専門メディアが2008年以降に台頭し、Instagramで愛好家やセレブの着用例が共有された。これにより一部の人気モデルへ需要が集中し、ロレックスのスチール製スポーツモデルやパテックのノーチラス5711などで、正規店の待ちリストが長期化した。二次市場では定価を上回るプレミア価格がつき、店頭で買えない時計ほど高く取引される逆転が起きた。情報の広がりが需要を一点に集めた、現代の入手難現象の起点である。

§ 01 Background

2010年代以前、時計の情報は限られた経路でしか流れなかった。専門誌、ブランドのカタログ、店頭での会話が主な情報源であり、相場やモデルの評判は一部の愛好家の間でしか共有されにくかった。インターネット黎明期には掲示板やフォーラムがその役割を担ったが、届く範囲は狭かった。

クォーツショックを経て機械式時計は復権し、1990年代以降は高級機械式が嗜好品として再び価値を得ていた。しかし需要は一部の専門層にとどまり、人気モデルであっても入手の難しさが広く話題になることは少なかった。

2000年代後半からは専門的なウォッチメディアが相次いで現れ、機構や相場を平易な言葉で伝え始めた。並行して2010年にInstagramが登場し、画像で時計を見せる文化が広がる土壌が整った。情報が一部の専門層から、より広い層へと開かれようとしていた。

§ 02 The Event

2010年代を通じて、ウォッチメディアとSNSが市場の情報環境を一変させた。Hodinkeeは2008年の創業後に影響力を広げ、2015年にはニュース集約アプリのWatchvilleを統合した。Instagramでは愛好家やセレブの着用例が共有され、特定のモデルへの注目が瞬時に拡散した。

注目が集まったのは、スチール製のスポーツモデルだった。ロレックスではデイトナ、サブマリーナ、GMTマスターといった鋼鉄製モデルに需要が集中し、正規店では数年単位の待ちが珍しくなくなった。ロレックスの年間生産は推定100万本規模とされるが、それでも需要には届かず、人気の鋼鉄モデルは慢性的な品薄が続いた。同社は供給を意図的に絞ってはいないと説明したが、需要と供給の差は埋まらなかった。

パテック フィリップのノーチラス5711も象徴的だった。2006年に導入されたこのスチールモデルは、2016年ごろまでは定価に近い水準で取引されていた。それが2010年代後半には二次市場価格が定価の2倍を超えたとされ、著名人の着用が人気をさらに押し上げた。デイトナの鋼鉄モデルも、二次市場では定価を大きく上回る価格で取引された。

二次市場では、店頭で買えない時計ほど高い価格がついた。Chrono24などのオンラインプラットフォームが取引価格を可視化し、相場が誰の目にも見えるようになった。正規店で定価のまま買えるかどうかが、その時計の希少性を測る目安になっていった。

§ 03 Significance

この現象は、時計をめぐる市場の構造そのものを変えた。需要と供給のギャップが待ちリストを恒常的なものにし、正規店での購入履歴や販売店との関係そのものが、人気モデルを得るための条件になった。一次市場と二次市場の価格は逆転し、定価より高い二次価格が常態となった。

情報の非対称が縮んだことも大きい。かつて店頭や専門誌に閉じていた相場が、オンラインで誰にでも見えるようになり、時計を投機や資産の対象として語る言説が広がった。定価で入手して二次市場で即座に売り抜ける転売も増え、買い手とブランドの関係に緊張を生んだ。ただしこうした価格はモデルごとの人気に左右され、安定したものではなかった。

ブランドにとっても功罪は分かれた。メディアとSNSの拡散は認知を大きく広げた一方で、特定のモデルへの過熱がブランド像を偏らせる懸念も生んだ。

この入手難とプレミア化の構造は2010年代を通じて積み上がり、後のコロナ禍での二次市場の急騰や、ノーチラス5711の製造終了へと連なっていく。メーカー公認中古の制度化や、ロレックスによる小売網の取り込みも、この流れの延長に位置づけられる。

← 年表へ戻る