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腕時計史 · MILESTONE — 第3章 技術の確立
1942

ブライトリング クロノマット

掛け算も割り算もベゼルを回して手元で。ブライトリングは1942年、クロノグラフに計算尺を組み合わせた道具としての腕時計を示した。

§ 00 Overview

1942年に公の発売とされるクロノマットは、ブライトリングが手がけた計算尺ベゼル付きクロノグラフである。名はクロノグラフと数学を意味する語の合成で、ベゼルの対数目盛を回すことで掛け算や割り算、単位換算を手元で行えた。科学者や技術者、数学者に向けた計算の道具として位置づけられた。回転計算尺を備えた腕時計そのものはMimoのMimo Logaがわずかに先行しており、世界初ではない。ただしクロノグラフ機構と計算尺を組み合わせた点に独自性があり、後の1952年に登場するナビタイマーの祖型となった。

§ 01 Background

計算尺は、対数目盛を刻んだ目盛りをずらして掛け算や割り算を読み取る携帯用の計算具である。19世紀以来、技術者や科学者の道具として広く使われてきた。電子式の計算機が普及する以前、複雑な計算は紙とペン、あるいは計算尺に頼るほかなかった。

1940年前後、複数のスイスメーカーが、この計算尺を腕時計に載せるという発想にたどり着いた。目盛りを円環状に丸め、回転するベゼルに組み込めば、腕の上で計算ができる。先んじたのはMimoだった。1918年にオットー・グレーフが興した小型時計の専門メーカーで、後にジラール・ペルゴを再興する一族の手による会社である。Mimoは1940年7月に計算尺ベゼルの特許を出願し、Mimo Logaを世に送り出した。これが回転計算尺を備えた腕時計の先行例である。

ブライトリングは、クロノグラフを数多く手がけてきたメーカーである。1915年に2時位置のプッシャーを持つ腕クロノグラフを、1933年には2つのプッシャーを備えた型を世に出している。時間を計る機能と計算する機能を一体にする道は、このメーカーにとって自然な延長線上にあった。

§ 02 The Event

1940年8月26日、ブライトリングは回転計算尺ベゼルの特許を出願した。特許番号は217012。同年7月に出願したMimoに、ほぼ1か月遅れての出願だった。図面には、内側の目盛りが左回りに、外側の目盛りが右回りに進む反転した対数目盛が描かれている。Mimoとは目盛りの向きが異なり、これは互いの特許を避けるためだったとされる。

1941年9月には「Le Chronomat」の名で広告が打たれている。もっとも一般には、公の発売は1942年とされ、ブライトリング自身も長くこの年を挙げてきた。試作は1941年に確認できるが、後に売られた個体とは細部が異なる。市販はリファレンス769から始まった。搭載するのはヴィーナス175、手巻きで17石のムーブメントである。初期のケースは径36ミリのステンレススチールだった。

名のクロノマットは、クロノグラフと数学を意味するフランス語を縮めた合成語である。ベゼルとダイヤルに刻まれた対数目盛を使い、掛け算や割り算、単位の換算を手元で行える。クロノグラフ機構と組み合わせることで、タキメーターやテレメーター、脈拍計といった計測にも応用できた。使い方を解説する小冊子も用意され、計算の道具という性格が前面に出されていた。先行したMimo Logaは3針の時計で、クロノグラフは備えていなかった。

§ 03 Significance

クロノマットの意義は、計算尺を備えた腕時計という発想を世に定着させた点にある。回転計算尺を載せた腕時計そのものはMimo Logaが先んじており、クロノマットを世界初と呼ぶことはできない。それでも、クロノグラフという計時の機構と計算尺を結びつけた発想は、計算尺ベゼルの実用性を広く知らしめた。Mimoが早くに表舞台から消えたのに対し、ブライトリングは計算尺時計の代表的な作り手として残っていく。

この機構が決定的な意味を持つのは、1952年に登場するナビタイマーへの継承においてである。ナビタイマーは、パイロットが航法計算に用いるE6B計算尺の配列をベゼルに移し、操縦士のための時計として設計された。クロノマットで培われた計算尺ベゼルが、ここで航空という具体的な用途と結びつく。計算尺ベゼルはその後、航空時計を語るうえで欠かせない要素となり、セイコーやシチズンなど各国のメーカーも独自の計算尺時計を手がけた。

電子式の計算機が広まると、ベゼルで計算するという機能は実用上の役目を狭めていった。それでも計算尺ベゼルは、機械式時計が道具であった時代の記憶を伝える意匠として、いまも受け継がれている。

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