初代iPhone(スマートウォッチ前夜)
時刻を確かめる行為が、腕からポケットの画面へ移っていく——2007年のiPhoneは、腕時計の存在理由が試される時代を告げた。
概要
Overview2007年1月9日、アップルはサンフランシスコのMacworldで初代iPhoneを発表し、同年6月29日に米国で発売した。電話、音楽再生、インターネット通信を一台にまとめた端末で、後のスマートフォンの原型を形づくった。常に携帯する画面が手元にある以上、時刻を知るために腕へ視線を落とす必要は薄れていく。携帯電話が時計を兼ねる流れ自体はiPhone以前から進んでいたが、この端末はその転換を加速させ、広く印象づけた。時刻を測る道具としての腕時計はその役目を問われ、やがて、装置を再び腕へ戻すスマートウォッチへの伏線にもなった。
背景
Background1970年代から1980年代のクォーツショックを経て、機械式時計の立場は大きく変わっていた。正確さで電子式に並べない以上、機械式は時刻を測る道具としてではなく、歴史や手仕事、所有する意味を売る対象へと軸足を移していた。日常の計時はすでに安価なクォーツに譲られ、高級時計は精度ではなく文化や個性で語られるようになっていた。
一方、時刻を知る手段そのものも変わりつつあった。携帯電話は早くから時計を内蔵し、ポケットの端末で時刻を確かめる習慣が広まっていた。日本では携帯電話の普及と前後して時計市場が一時落ち込んだと伝えられる。2000年代半ばの米国でも、若い世代が腕時計を着けなくなる傾向が指摘され、ある調査では10代の多くが日常的に腕時計を使わないと答えている。時計の販売額も以前より落ちていたとされる。腕時計が当然の持ち物だという前提は、携帯電話の普及によって崩れ始めていた。この地ならしの上に、iPhoneは現れた。
出来事
The Event2007年1月9日、アップルのスティーブ・ジョブズはサンフランシスコのMacworldでiPhoneを発表した。彼はこれを、タッチ操作のワイドスクリーンiPod、携帯電話、インターネット通信端末という三つを一台にまとめた製品だと説明し、電話を作り直すと述べた。物理キーをほぼ廃し、指で触れる大型ディスプレイだけで操作するという設計が、当時の携帯端末とは大きく異なっていた。同じ日、社名は「アップル・コンピュータ」から「アップル」へと改められ、事業の重心が個人向け携帯機器へ移ったことを示した。
発売は同年6月29日、まず米国で行われた。価格は4GB版が499ドル、8GB版が599ドルで、携帯端末としては高価だった。それでも発売前から店舗に長い行列ができ、多くの店で短時間のうちに在庫が尽きたと伝えられる。当初は米国の一通信事業者向けに限られ、外部アプリの追加もできず、他国での発売は同年秋以降、日本では後継機種を待つことになった。
多機能を備えた携帯端末はそれ以前にも存在したが、触れる画面で操作する一台に通信と情報を集約したこの設計は、後に各社が追う製品像となった。iPhoneそれ自体が即座に世界へ行き渡ったわけではなく、普及が本格化するのは後継機種以降である。それでも、常に身につけ絶えず画面を見る端末が手元にある状態は、時刻を確かめるという日常の動作を、腕の上から手元の画面へと静かに移していった。
意義
Significance市場への影響は、腕時計が担ってきた役割の分かれ方に現れた。まず揺らいだのは、安価なクォーツや実用本位のファッション時計である。この層は時刻を知らせること自体が主な役目で、携帯端末と機能がそのまま重なっていた。腕時計を着けない人が目に見えて増えたのは2010年前後とされ、変化は数年かけて進んだ。スイスの電子式時計の輸出本数も大きく落ち込み、2017年には数十年来の低水準に達したと報じられた。
対照的に、高級機や機械式は、すでに精度を競う土俵から降りていた。日常の計時を担う立場ではなかった分、画面に時刻を奪われても揺らぎにくい。メーカーは安価な数物を整理し、高価格帯へ軸足を移していく。台数が細っても、輸出額で見れば価値の総量はむしろ伸びた。新興国の富裕層の需要も、これを押し上げた。腕時計の存在理由は、必要だから持つ道具から、あえて選んで身につける対象へと傾いていった。
時刻を知る場が腕を離れた後には、反転が控えていた。手元の画面が時計を兼ねた経験は、装置を再び腕へ戻すスマートウォッチの素地となった。腕時計の意味を外から問い直したのが、時計会社ではなく米国の電子機器会社だった点も、アメリカ時計史の流れに連なる。