戦後、腕時計が男性の標準装備へ
装身具とされた腕時計が、戦地から戻った男性の腕で実用品へ姿を変えた。懐中時計を主役とする市場の前提が反転していく。
概要
Overview第一次世界大戦が終わった1919年前後、腕時計は女性の装身具という位置づけから、男性の標準装備へと立場を変えた。戦地で腕時計の即時の視認性に慣れた兵士たちは、除隊して市民生活に戻っても懐中時計には戻らず、腕の時計を着け続けた。戦前の市場では男性は懐中時計、腕時計は婦人の宝飾品という棲み分けが当然とされたが、その前提が戦争を境に崩れた。もっとも逆転は一夜で起きたわけではない。1920年代を通じて腕時計の生産は伸びたが、数の上で懐中時計を上回るのは1930年前後を待つ。それでも需要の構造そのものが反転し、数百年続いた懐中時計の優位が終わりへ向かう転換点となった。
背景
Background19世紀末まで、男性の時計といえば懐中時計だった。鎖でベストに留め、ポケットから取り出して時刻を読む。これは単なる好みではなく、堅牢さと格式の両面に根ざした慣習だった。腕に巻く時計はリストレットと呼ばれ、もっぱら女性の宝飾品とみなされた。男性が腕時計を着けることは、女々しい流行として嘲笑の対象にすらなった。腕に露出した時計は埃や衝撃に弱く、実用品としては信頼できないという見方も根強かった。
この棲み分けを揺らしたのが、1914年に始まった第一次世界大戦である。塹壕戦と大規模な砲撃の連携には、両手を空けたまま一瞬で時刻を読める腕の時計が適していた。将校から一般兵まで、戦場では腕時計が実用の道具として広く使われた。戦地で腕時計の便利さを体で覚えた男性が、大量に生まれた。問題は、彼らが軍服を脱いだあとも腕の時計を手放さないか、それとも社会通念に従って懐中時計へ戻るのか、という点にあった。
出来事
The Event戦争が終わると、除隊した兵士たちの多くは腕の時計をそのまま着け続けた。戦場で頼りにした道具を、市民生活で外す理由はなかった。彼らが職場や街頭で腕時計を見せることで、それは臆病や女々しさの印ではなく、前線を生き抜いた男性の装具という新しい意味を帯びた。戦前なら嘲笑された腕時計は、戦争を経て男らしさと両立する実用品へと意味を変えた。この読み替えは、参戦した各国に共通して見られた。
世間の見方の転換は、当時の報道にも表れる。腕時計はもはや一時の物好きではなく定着したと書く新聞が現れ、戦争が腕時計に市民権を与えたと評された。1919年には、男性向けの腕時計を狩猟や戸外の活動に結びつけて売り込む広告も登場している。ただしその種の広告は、腕時計をあくまで戸外や運動の場面の道具として描き、日常の正装でも当然に着けるものとはまだ位置づけていなかった。それでも作り手は、これまで婦人物へ向けていた訴求を男性へと向け替えはじめた。年配の男性や格式を重んじる場では、懐中時計がなお手放されずに残った。
つまり転換は、急であると同時になお途上でもあった。男性が腕時計を着ける行為への抵抗は和らいだが、それが懐中時計に完全に取って代わるには時間を要した。1920年代を通じて、腕時計は戸外用から日常用へと適用範囲を広げ、男性の身につける時計として定着の度を増した。装身具と道具のあいだで揺れていた腕時計は、この時期に道具の側へと重心を移していった。
意義
Significanceこの転換は、市場の需要構造そのものを反転させた。数百年にわたり男性向け時計の中心だった懐中時計は、戦後を境に主役の座を下りはじめた。製造側はこの動きに応じ、生産の重心を懐中から腕へ移した。腕時計は用途や場面ごとに使い分けられる商品となり、一人が複数の時計を持つという新しい需要も開けた。
数の上での逆転には、なお時間がかかった。1920年代の半ばを過ぎても、スイスの輸出では懐中時計がなお多数を占めていた。腕時計が懐中時計を数で上回るのは1930年前後とされ、市場の実態が認識の変化に追いついたのはこの頃である。以後、懐中時計産業は縮小へ向かい、かつての主力製品がその地位を取り戻すことはなかった。やがて懐中時計は、一部の正装や愛好の対象として細々と残るのみとなった。
戦争が崩した「腕時計は女性の装身具」という前提は、二度と元へは戻らなかった。1920年代以降、腕時計は婦人物の派生ではなく、それ自体が独立した製品分野として成熟する。ケース形状や文字盤の意匠を競い、男性用の市場を確固たるものにした。男性の腕に時計が載るという今日では当然の光景は、この戦後の数年に始まる需要の反転に源を持つ。