カシオ G-SHOCK
精密ゆえに壊れやすい——その常識を覆し、衝撃を受け流す構造で堅牢さを実現した1983年のG-SHOCKは、腕時計に新しい価値軸を加えた。
概要
Overview1983年4月、カシオ計算機は初代G-SHOCK「DW-5000C」を発売した。設計を担った伊部菊雄が社内会議に出した、落としても壊れない丈夫な時計を作りたいという一行の企画書が出発点だった。当時の腕時計は精密で壊れやすく、丁寧に扱う貴重品だった。伊部らはその常識に挑み、約2年の開発と200を超える試作を重ねる。難航のすえ、弾むゴムボールから着想したという中空構造、機構をケース内で浮かせて衝撃を逃がす設計にたどり着いた。完成したDW-5000Cは20気圧防水と高い耐衝撃性を備え、腕時計に堅牢さという新たな価値を持ち込んだ。発売当初の評価は低かったが、後にタフネスという独自の領域を切り開いた。
背景
Background1983年当時、腕時計は精密機械の代表格であり、衝撃や水を苦手とする繊細な道具だった。歯車やテンプ、脱進機といった微小な部品は外からの力に弱く、落とせば狂い、ときに止まる。利用者は時計をいたわって扱い、不調があれば時計店へ修理に出した。薄型のドレスウォッチが好まれた時代でもあり、堅牢さよりも上品さや薄さが価値とされていた。
カシオ計算機は、こうした時計の世界では新参者だった。電卓で成長した同社は1974年にデジタル腕時計カシオトロンで時計事業へ参入し、電子技術を武器に低価格帯で存在感を広げつつあった。1969年のクォーツ登場以降、時計は機械から電子製品へと性格を変えており、後発のカシオにとってデジタル時計は足がかりとなった。
設計者となる伊部菊雄には、忘れがたい原体験があった。高校入学の祝いに父から贈られ、長く愛用した時計を、入社後に床へ落としてばらばらに壊した経験である。機械式時計が衝撃に弱いことは頭でわかっていたが、その脆さを目の当たりにした実感が、後の開発の核となった。
出来事
The Event開発は1981年に始まった。伊部菊雄が社内会議に提出した企画書には、落としても壊れない丈夫な時計を作りたいという一行だけが記されていたと伝わる。この提案が通り、伊部に商品企画の増田裕一、デザインの二階堂隆を加えた3人の小さなチーム「PROJECT TEAM Tough」が編成された。
チームが掲げた開発目標は「トリプル10」と呼ばれた。落下強度10m、10気圧防水、電池寿命10年の3つである。いずれも当時の腕時計の常識を超える水準だった。
実現は容易でなかった。伊部はカシオ社屋3階のトイレの窓から試作機を落とす実験を繰り返したが、機構はことごとく壊れた。試作は100を超えても成功の手応えがなく、開発は行き詰まる。転機は、公園で子供が弾ませるゴムボールを見た瞬間だったと語られている。弾むボールの中身は、地面との衝突を直には受けていない。その光景から、機構そのものを頑丈に固めるのではなく、ケース内で宙に浮かせて衝撃を逃がす発想が生まれた。
こうして生まれたのが中空構造である。心臓部のモジュールを各部材の点だけで支え、周囲を緩衝材とウレタンが包む。外装に加わった衝撃が機構へ直に伝わらない仕組みだ。試作はさらに重ねられ、開発期間は約2年、試作品は200を超えた。電池寿命は7年までしか保証できず、その分防水性能を20気圧へ引き上げたと開発関係者は振り返っている。
完成したファーストモデルは1983年4月に発売された。型番はDW-5000C。当時のカシオの上位防水モデルがDW-1000だったことを踏まえ、1000から5000への跳躍に社内の期待が込められたという。樹脂製の角型ケースにデジタル表示を備え、価格は1万1400円だった。
意義
SignificanceG-SHOCKがもたらしたのは、まずタフネスという腕時計の新しい価値軸である。それまで時計の優劣は、おもに精度や仕上げの美しさで競われていた。そこへ壊れないという指標を持ち込み、堅牢さそれ自体を商品の核に据えた点に技術的な意義がある。中空構造は以後のG-SHOCKに受け継がれ、耐衝撃という発想は腕時計の一領域として定着した。
意匠の面では、樹脂の角型ケースとデジタル表示という姿が、後年まで続く原型となった。初代DW-5000Cのデザインはスクエア、あるいはオリジンと呼ばれ、現在も基本形として生産が続く。機能から導かれた無骨な外観が、そのまま視覚的な記号になった例である。
市場での受容は意外な経路をたどった。発売当初の日本では、薄型志向と、壊れない時計は商売にならないという時計店の声もあり、評価は低かった。一方アメリカでは警察官や消防士など実用層に支持され、発売1年で約3万本を売り上げた。1990年代には西海岸のスケーターやサーファーがファッションとして取り入れ、その流行が日本へ逆輸入される。スニーカーブームと結びつき、1997年には社会現象と呼べる人気に達した。
日本の時計産業から見れば、G-SHOCKはセイコーやシチズンとは異なる道筋を示した。電卓由来の技術を持つカシオが、精度ではなく堅牢さという指標で独自の地歩を築いた事例である。