英軍 Dirty Dozen 12社規格
規格が時計を選び、ブランドの個性を後景に退かせた。その12社共通の軍用腕時計が、後に各社の差異ゆえに蒐集の対象へと転じる。
概要
Overview第二次大戦末期、英軍当局は腕時計の統一仕様W.W.W.を定め、スイスの12社がこれを満たす軍用時計を供給した。黒文字盤・アラビア数字・夜光・クロノメーター級の精度といった条件は、戦場での視認性と信頼性を狙ったものである。総数では約145,000本が納められたが、各社の供給数には大きな差があり、Granaは最少で希少とされる。後年、これら12社の時計はコレクターからDirty Dozenと呼ばれ、12社をすべて揃えることが収集家の目標となっている。共通の仕様で括られた支給品が、各社の細部の違いゆえに価値を見いだされた一群である。
背景
Background腕時計が軍用の道具として定着したのは、第一次大戦の塹壕時計を通じてだった。懐中時計を取り出す余裕のない前線で、腕に着けたまま即座に時刻を読める利点が認められ、装身具という旧来の位置づけは退いていった。
とはいえ第二次大戦の初期まで、兵士の腕時計は各自が私物を持ち込むのが通例で、軍が定めた専用の規格はなかった。品質も仕様もまちまちで、防水も耐震も保証されない。悪条件で止まる時計も多く、砲兵や通信兵のように正確な計時を要する任務では、この不統一が支障となった。
英軍は大戦の早い段階から、ATP(Army Trade Pattern)と呼ばれる規格でスイス製の軍用時計を調達していたとされる。ただし要求水準は限られ、より堅牢で精度の高い時計への必要が残った。国内の時計工場は弾薬や精密機器の生産に動員されており、新たな大量供給を担う余力は乏しい。そこで英軍当局は、中立国スイスの時計産業に統一仕様の軍用腕時計を発注する道を選んだ。
出来事
The Event大戦末期、英軍当局は支給用の腕時計に満たすべき条件を細かく定めた。この規格はW.W.W.の略号で呼ばれ、防水を意味するWaterproofを含む数語の頭文字とされる。発注の主体は当時の補給省(Ministry of Supply)とされ、現在の国防省は1964年の設立にあたり、この時点では存在しない。
仕様の中心は、戦場での確実な視認と長期の信頼性にあった。黒い文字盤に白いアラビア数字、外周には鉄道時計風の分目盛り、針とインデックスには夜光を施す。6時位置にスモールセコンドを置き、ムーブメントは15石の手巻きで、可能なかぎりクロノメーター級に調整する。ケースはステンレス製で耐震・防水とし、風防には割れにくいプレキシガラスを用いる。裏蓋には英国官給品を示すブロードアロー(矢印)とW.W.W.の刻印、そして軍用のシリアル番号が記された。
この要求に応じてスイスの12社が選ばれた。Buren、Cyma、Eterna、Grana、Jaeger-LeCoultre、Lemania、Longines、IWC、Omega、Record、Timor、Vertexである。Vertexは英国の名義ながら、製造はスイスに置いていた。生産は1945年の初頭に本格化し、同年のうちに納入と配備が進んだ。
共通の仕様に従いながらも、ケースや文字盤の意匠には各社の個性が残った。供給数の差も大きい。全体ではおよそ145,000本が納められ、OmegaとRecordが各25,000本前後で最も多かったとされる。詳細な生産記録を残したのはIWC・Jaeger-LeCoultre・Omegaに限られ、他社の数量は推定にとどまる。最も少なかったのはGranaで、その数はおよそ1,000〜1,500本と伝えられるが、正確な実数はいまも分かっていない。
意義
Significance12本がその後にもった意味は、市場での評価に表れている。戦後、生き残った個体の多くは英軍を離れ、オランダやパキスタンなど他国の軍へ払い下げられた。放射性のラジウム夜光が問題視されると、当局が塗料を除去した個体も生まれ、当初の姿をとどめるものは限られていった。
これらが骨董として注目を集めるのは、ずっと後年のことである。供給元が12社に及んだことから、コレクターは1967年の同名の戦争映画になぞらえてDirty Dozenと呼ぶようになった。当時の正式な呼称ではない。共通仕様で括られながらも各社ごとに表情が違うため、12社すべてを揃える試みは蒐集の難題となった。
なかでもGranaは供給数が際立って少なく、現存数はさらに乏しい。フルセットに欠かせない一本でありながら入手は最も難しく、高値で取引される。規格という没個性の枠が、結果として希少性という価値を生んだのは皮肉でもある。
軍用時計の系譜のうえで、Dirty Dozenは大戦期の一つの到達点に置かれる。塹壕時計が腕時計を戦場へ持ち込み、各国が制式時計を整えていく流れのなかで、統一仕様による集団調達という形式の典型を示した。実用本位に作られた支給品が、後にコレクションの中心へと変わった一群である。