カシオトロン(カシオ初の腕時計)
電卓で培った半導体技術を腕時計へ——カシオは1974年、機械式とは異なる出自から時計産業へ足を踏み入れた。
概要
Overview1974年11月、カシオ計算機は最初の腕時計カシオトロンQW02を発売した。電卓事業で培ったLSI技術を生かし、時刻に加えて月・日・曜日を表示する「完全自動腕時計」をうたった機種である。最大の特徴は、大の月と小の月を自動で判別し、月替わりの日付調整を不要にしたオートカレンダー機能にあった。デジタル時計としては世界初の搭載とされる。歯車やゼンマイを扱う時計メーカーではなく、電卓で育った電子機器の企業が時計づくりへ進出した点に、この機種の意味がある。後に多機能デジタルウオッチやG-SHOCKへと続く、カシオの電子時計の起点となった。
背景
Background1970年代初頭は、時計の動力が機械式からクォーツ式へ移りつつある変革期だった。水晶振動子を調速に用いるクォーツは、機械式を上回る精度を実用的な価格で提供しはじめていた。1969年にはセイコーがクォーツ腕時計アストロンを発表した。1972年には半導体表示によるデジタル腕時計も市場に現れていた。
この潮流の中心には、電子部品の集積化があった。複数の機能を一枚のチップに収めるLSI(大規模集積回路)の進歩が、小型で多機能な電子機器を可能にしていた。カシオ計算機は、その技術を電卓事業で蓄えていた。樫尾忠雄が1946年に興した町工場が母体である。リレー式計算機から小型電卓へと製品を進め、電卓業界で確かな地位を占めていた。
カシオにとって時計は、これまで扱ってきた製品とは畑違いだった。だが社内には、デジタル時計こそ電卓で磨いたLSI技術を生かせる領域だという見方があった。時刻表示も日付の処理も、突き詰めれば数を数え足し上げる演算にほかならない。歯車とゼンマイの世界に蓄積を持たないからこそ、電子の論理で時計を組み直すという発想が成り立った。
出来事
The Event1974年11月、カシオは最初の腕時計カシオトロンQW02を発売した。掲げたのは「完全自動腕時計」という開発思想である。時・分・秒に加え、月・日・曜日までを表示し、しかも日付の調整を使い手に求めない点に特徴があった。
当時の腕時計は、月が替わるたびに日付を直す必要があった。31日のない月の末日には、30日や28日から1日へと手で送らねばならない。カシオトロンは大の月と小の月を自動的に判別し、この操作を不要にした。デジタル時計としてオートカレンダー機能を世界で初めて備えたとされる。ただし閏年の2月29日までは自動判別できず、2月末は手動の調整を残した。閏年まで判別するフルオートカレンダーは、後継機で実現することになる。
この機能を支えたのが、電卓で培ったLSIだった。日付の繰り上がりという規則的な処理を回路に組み込むことで、機械式では複雑な機構を要した計算を電子的に片づけた。
価格は58,000円。当時の大卒初任給の平均が78,700円であり、腕時計としては高価な部類だった。それでもカシオは丸型、角型、薄型、金張り仕様と幅を広げ、装身具としての選択肢も用意した。生産は電卓を手がけていた八王子の工場が担った。1976年にはストップウオッチやワールドタイムを加えたモデルへと展開していった。
意義
Significanceカシオトロンが示したのは、時計づくりの担い手が広がったことである。歯車を扱う時計師ではなく、半導体と演算を扱う電子機器の企業が、電卓の技術を時計へ転用した。
国産時計の歴史で見れば、セイコーやシチズンは時計づくりの蓄積を土台にクォーツへ進んだ。これに対しカシオは、電卓という電子機器の側から時計へ近づいた。
技術の面では、この機種が多機能化の出発点になった。日付の自動計算を回路に載せられるなら、ストップウオッチも世界時計も同じ論理で積み増せる。実際カシオはこの後、表示機能を重ねた多機能デジタルウオッチを展開していく。一枚のチップにどれだけの機能を詰め込めるかという競争が、機械式とは別の軸で進みはじめた。
その延長に、1983年の耐衝撃時計G-SHOCKがある。電子部品ゆえに衝撃へ弱いという弱点を構造で克服したこの機種は、カシオが電子時計で重ねた蓄積の上に立っている。機械式が見せる精度や仕上げではなく、実用と機能を競う価値観。それを電子産業の側から時計史に加えたのが、この一本だった。